2016年09月11日

【東日本大震災】レポートNo.274

あれから5年4ヶ月、岩手県の被災地に入った増島のレポートをお届けします。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  
………………………………………………………………………………

 今日で、東日本大震災から5年半を迎えました。犠牲になられた方に心よりご冥福をお祈りします。また行方不明者の方が一日も早く見つかることを心より願っています。5年半の月日で復興は進んでいる部分もありますが、行政と住民の復興への気持ちとのかい離が浮かび上がっているようです。
 
今回、作り手さんのところへお邪魔した時に久しぶりにぞうさんを一緒につくってみましょうということで、ちくちくスタート!こちらも久しぶりのぞうさんづくりで緊張しながら一緒に作りました。
 
山田さん_s.JPG

 ちくちく縫い進んでいくと、「あれ〜??なんだか鼻の作り方がおかしい??」、その方のぞうさん「いつもお鼻がずいぶん大きいな〜」と思っていたのですが、
(私)「ちょとお鼻の作り方が違いますよ〜」
(作り手さん)「え〜だって、こう教わったのよ」
(私)「いいえ、こうですよ」
(作り手さん)「え〜そうだったの??だから、たまには復習しないとだめよ〜。自分流にやってしまっているから」
と大笑いしながらの作り方の復習でした。

まけないぞう_s.JPG

彼女はたくさんのリングぞうさんをつくってくれています。また、リングぞうさんはお尻がプリッとしていて、後姿もとってもかわいいです。作り手さんが一生懸命作っていますので、ぜひ、買ってください。

リング_s.JPG

お尻_s.JPG

お手紙_s.JPG

 そして夜は、大槌町の吉里吉里海岸で毎年開かれている「吉里吉里映画祭」に行きました。今年は熊本支援のチャリティ上映で「うつくしいひと」と「未来のカケラ」でした。「うつくしいひとは」熊本の阿蘇などの大自然の風景を舞台に繰り広げられるショートムービーです。「未来のカケラ」は東日本大震災で被災した小学生の作文をもとに作られたもので、夢のある映画です。
 こうして、両被災地が映画を通して、つながって支え合いの輪が広がっています。最後に実行委員会の方が「東日本で受けた支援の輪を今度は熊本につなげる」と話してくれました。被災地から被災地へ支援の輪が広がり、避けられない自然災害ですが、少しでも被害が食い止められたら何よりです。

海と森の映画祭_s.JPG

獅子踊り_s.JPG

旗_s.JPG

 当時はまさか岩手で水害によりこんな被害がでるとは思いもよりませんでした。いま被災地では津波でお世話になった人たちが、当時の恩返しとしてボランティア活動をしているそうです。災害はどんなものであってもとても辛いものです。けれども、「災害は悔しいけれど、こうしてみんなに出会えてよかった。」という言葉を聞くのも被災地です。

カモメ_s.JPG
posted by 被災地NGO恊働センター at 16:19| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月07日

【東日本大震災】レポートNo.273

あれから5年4ヶ月、岩手県の被災地に入った増島のレポートをお届けします。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  
………………………………………………………………………………

 今回の台風10号は岩手県の沿岸に甚大な被害をもたらしました。2011年の津波からやっと立ち上がりかけた被災者に追い打ちをかけました。犠牲になられた方々に心からお悔やみ申し上げます。また被害に遭われた方々には心からお見舞い申し上げます。

これまでの被災地から、新たな被災地に支え合いの輪が各地で生まれています。ただ、一方でそれぞれの教訓がいかされずに、被災地に行くたびに「まさか自分のところにこんな災害が起きるなんて」という言葉を必ず毎回被災地で聞いてきました。
東日本の被災地でも同じです。「まさかこんな津波がくるなんて」、今回の台風では「まさかこんな水害があるなんて」という言葉です。残念でしかたありません。

今回の8月に岩手を訪れた時は、熊本地震の後だったこともあり、東北の被災者の人は熊本の人たちのことをとても心配していました。「私たちは、津波ですべてを流されたから、あきらめがつくけど、熊本の人は大変でしょうね」、「津波は高いところへ逃げたらいいけど、地震は逃げるところがないから、心配」、「みんな、いまどうやって生活しているの?」などみなさん心配してくれています。

そして作り手さんを訪ねたところ、お孫さんのお宅にいました。そこで「まけないぞう」でコツコツためたお金でプレゼントしたお孫さんの机を初めて拝見することができました。
とても立派な机です。その横にはなんと、くまモンのカバーがかけられたランドセルがありました。机にも感動しましたが、そのそばに熊本の人気キャラクターがあって、なんかご縁を感じます。
 そして、お孫さんのベッドの傍らには「まけないぞう」が飾ってあります。ほこりをかぶらないようにビニールで完全防御です(笑)こうして、両被災地のグッズに囲まれうれしくなり、記念にパチリ!

くまモン_s.JPG

まけないぞう_s.JPG

 お家の中には大きなぞうさんも飾られています。いつもなかの良いご夫婦でハイポーズ!

ご夫婦_s.JPG

 ところで、久しぶりに市内を見て回りました。5年を迎え町の全景が少しずつ見えてきました。津波の直後から見ていますが、区画がだいぶできてきました。

大槌町全景_s.JPG

 どんな被災地でも元の場所に戻る人、戻らない人、避難先で新たな生活を選んだ人、戻りたいけど戻れない人いろんな人たちがいると思います。それでもふるさとを想う気持ちは変わらないでしょう。災害によりふるさとを奪われてしまう人もたくさんいます。生かされたいのちを大切に生きていきたいものです。

大槌町以前_s.JPG
<大槌町以前>

大槌町今_s.JPG
<大槌町今>

津波直後_s.jpg
<津波直後>

大槌町今2_s.JPG
<大槌町今>

 短い夏を終え、まもなく東北は秋を迎えます。

くるみ_s.JPG
<くるみ>

ひょうたん島_s.JPG
<ひょうたん島>

夕日_s.JPG
posted by 被災地NGO恊働センター at 17:45| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月30日

【東日本大震災】レポートNo.272

あれから5年4ヶ月、岩手県の被災地に入った増島のレポートをお届けします。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  
………………………………………………………………………………

 今日30日で東日本大震災から2000日を迎えました。河北新報(2016/08/30)では「東日本大震災の発生から2000日目を迎えた30日、東北の被災地では復興への取り組みが続いている。そのスピードは、地域によって大きく異なる現実がある。」と伝えています。

仮設の集会所では、遠野の「ふきのとうの会」のみなさんがつるしびなの講習会を定期的に開催しています。みんなの笑い声が夏の暑さを吹き飛ばします。「ふきのとうの会」のみなさんは「3.11」の震災の直後から、「まけないぞう」の作り方を沿岸の被災者の人たちに伝えてくれて、いまでも3カ所の仮設でつるしびなの指導に行っています。5年経ったいまでも継続的に活動を続けている貴重な団体のひとつです。
 今回は「押絵(おしえ)」というもので、舞妓さんをモチーフにした作品です。これらの作品はひな祭りのときに、遠野で展示・公開されます。これまでの間にも多くの作品が生まれています。

舞妓さん_s.JPG

集会所_s.JPG

笑顔1_s.JPG

 みなさんつるしびなを作るのを楽しみにしています。

 仮設にそのまま残る人、仮設から引っ越した人、津波後に別の街に引っ越した人、これから引っ越す人など復興への道はそれぞれ違いますが、みなさんそれぞれのそのことを受け止めています。そのメンバーの中の人には「ここの仮設に入って本当によかった。こうしてみんなと仲良くできて、手芸もできたし、ここじゃなければこんなふうにできなかった」と。もうすぐ仮設からの卒業して復興住宅に引っ越すのですが、引っ越ししても毎月つるしびなの日には、仮設の集会所にくるそうです。こうして、少しでもコミュニティの維持ができれば、離れても寂しくなかったり、孤独を感じることも少ないと思います。

笑顔2_s.JPG

 復興住宅での新しいコミュニティづくりが課題となっているいま、また改めて被災地に目を向けてほしいものです。


〜訂正とお詫び〜
2014年7・8月豪雨災害レポートNO.50の中で、「広島の被災地を歩いてみると、流れたお墓の救出などに関わった現場では、お墓の区画ができあがり、新しくなったお墓が目立ち、観音様が建立されていました。」の中の観音様はもともとあったもので、観音様の台座の碑文が新しく刻まれていました、というのが正確でした。
NO.51で「法要を行ったのは、広島密教青年会の有志の方たちです。」とお伝えしましたが、ただしくは「高野山真言宗広島青年教師会」でした。合わせて訂正してお詫びいたします。
posted by 被災地NGO恊働センター at 13:18| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月19日

【東日本大震災】レポートNo.271

あれから5年4ヶ月、岩手県の被災地に入った増島のレポートをお届けします。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  7月30日
………………………………………………………………………………

 沿岸では、国土強靭化の名の元ハード面の復旧が粛々と進んでいます。復興予算として計上された総額は5兆6328億円です。執行しているのは2015年度で65%とされています。たまたま地元紙を見ていたところその横の記事には公的年金の積立金を運用し、その総額が5兆3098億円だったと伝えられていました。一体この国はどうなっているでしょうか?

 沿岸を車で走ると、高い防潮堤が要塞のごとく街を取り囲み、住宅よりも高く、その近くにいくと到底海などは見えません。山は削られ、生態系が崩れ、山津波を心配する人々。「こんなはずじゃなかった」という声も聞こえてきます。前に「壊すのは簡単だけれど、植物が育つには何年もかかるんだよ」ということを言われたのが心をよぎります。

防潮堤1_s.jpg

防潮堤2_s.JPG

山_s.jpg

造成_s.JPG

山田漁港_s.jpg

 「復興道路」も整備が進みます。リアス式の三陸沿岸には復興道路として三陸縦貫道の建設が各地で進んでいます。いままでだったら立ち寄っていた道の駅も縦貫道が整備されることで通り過ぎてしまうケースが見受けられます。大船渡にある国道45号沿いの「道の駅さんりく」もその一つです。これまでは、売り上げも好調ということでしたが、「同道の駅は、吉浜道路開通の影響などで昨年度の売上高(三陸直売組合の受託販売分を除く)が約2億4300万円(前年度比94・6%)、物産センター部分の来館者数は過去10年間で最少の16万9707人(同約2万人減)と落ち込んだ。」(岩手日報2016/08/19)と伝えています。こうした売り上げの減少は直接被災者の収入にも影響します。直売組合員の人たちは津波の被災者です。収入が維持できなければ生活を圧迫することになります。「復興」という名の道路が、被災者の人たちの生活を圧迫して本来の「復興」の意味とは違います。
 よく被災地でいわれるのが「ショック・ドクトリン=惨事便乗型資本主義」というものです。被災地に大型の資本がはいり、地元の中小零細企業がこれまでの通りの生活がいきゆかなくなるのです。一方で、そのくらいでダメになるならしょうがない、もっと競争力を持って商売をしないといけないんだと指摘する人もいます。これまでの通り食べていくに困らない程度に仕事を生きがいとしてきた人の生業を奪っていくことが復興なのでしょうか?住民の十分な合意形成もないまま、外部の大手資本を誘導し、それに負けないようにしないといけないというのは、強引だと思います。復興住宅にコミュニティづくりとしてテナントを用意してもテナント料が高くて空き店舗になったりと、一体だれのための何のための「復興」なのでしょうか?そこに生活するのは被災当事者である地元の住民です。その人たちが主人公なのです。

 毎回感じてはいるのですが、年を追うごとに、沿岸の変わり果てた姿をみて、まざまざと人間の傲慢さを感じ、強い憤りを覚えました。             

三陸縦貫働_s.JPG
posted by 被災地NGO恊働センター at 16:02| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月16日

【東日本大震災】レポートNo.270

被災地NGO協働センターです。
あれから5年4ヶ月、岩手県の被災地に入った増島のレポートをお届けします。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  
………………………………………………………………………………

 東北も梅雨明けです。梅雨の肌寒さが嘘のように、夏の暑い日差しが照り付けています。
それでも、東北の夏は涼しく風は爽やかです。緑が深く、青い空、夕焼け、星空と何度来ても自然の豊かさを感じさせてくれます。こんな自然をいつまでも大切にしたいものですね。

緑_s.JPG

青い空_s.JPG

夕焼け_s.JPG

川_s.JPG

 久しぶりに伺った作り手さんは1ヶ月前に仮設から災害復興住宅に引っ越しをされていました。海辺から山奥に仮設が建てられ、「奥に引っ込んでたの」とみなさんに話しながら、部屋のドアはガラス張りで明るく、開放感があり、海風が心地よく通っていきます。

ガラス_s.jpg

お部屋_s.JPG

作り手さんも「ここはいいのよ〜、風が仮設とは違うのでしょ??涼しいのよ。ここはお友だちもたくさんいるし、お寺さんも近くて、窓から見えるのよ。だから毎朝、お寺の鐘とともにお部屋から手を合わせるの。」と仮設にいた頃より、とても明るく笑顔が素敵でした。「毎日お友だちとお茶のみしながら、おしゃべりして、忙しいのよ〜。」と本当にうれしそうに話してくれます。
 住み慣れた場所に戻るというのは、これほどまでに人を変えるということを目の当たりにしました。

 そして、近くに住むお友だちが「ぜひ、まけないぞうを作りたい」ということで、久しぶりにぞうさん講習会です。ふと思い出したのが、この災害復興住宅が建った場所は、震災の時、避難所になっていた体育館だったところなのです。
 また、そこで偶然にもまけないぞうの講習ができるなんて、とてもうれしいような懐かしいような気がしました。当時はこんな様子でした。ロイター通信記者の我謝京子さんがmakenaizoneの主宰青木先生と取材に来てくれたところです。

タツ子さん_s.jpg

青木先生_s.jpg

 「そうだね〜懐かしいね〜」と話を弾ませながらチクチクとぞうさんが出来上がっていきます。

ぞうさんづくり1_s.JPG 

ぞうさんづくり2_s.JPG

ぞうさんづくり3_s.JPG

ぞうさんづくり4_s.JPG

ぞうさんづくり5_s.JPG

それぞれの復興への道を歩みつつあります。
posted by 被災地NGO恊働センター at 17:49| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする