2018年02月23日

【東日本大震災】レポートNo.286

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  
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 昨年暮れの12月に岩手を訪問しました。新しい年を迎えもう2ヶ月が過ぎようとしています。そしてまもなく3月11日が巡ってきます。昨日、「やっと地鎮祭が終わったのよ。」とうれしそうに電話をくれた作り手さん。いつも仮設の集会所で「まけないぞうの日」と称して、みんな集まっておしゃべりしながら、ぞうさんをチクチク。。。「ぞうさんのお金をためて、いつか“ぞう御殿”を建てるんだ!」とチクチク。。。

集会所_s.JPG

 昨年暮れに訪れた際には、やっと、公営住宅に入居した作り手さんもいました。その時には東京で阪神・淡路大震災から応援して下さっているボランティアさんと東日本大震災がきっかけでまけないぞうの応援をしてくれているボランティアさんと一緒に被災地を回りました。
 新居にお邪魔し、まず目に飛び込んだのは、ぞうさんの玄関マット!まけないぞうからぞうさん好きになり、部屋のあちこちにぞうさんがいます。もちろんまけないぞうもいますよ!

ピース_s.JPG

 この方もずっーとまけないぞうの材料を心待ちにしてくれていたそうで、お父さんから宅急便が来るたびに「ぞうさんの材料来たかな?」と話していたそうです(汗)以前から体調が優れなかったですが、だいぶよくなったようで、ぞうさんの顔もニコニコしています。どんなに体調が悪くても、「ぞうさんがないと淋しいから材料は置いて行って」と言ってくれます。それだけ、まけないぞうが被災者の方にとって、精神的支柱になっているのです。あらためて、まけないぞうパワーに驚かされます。
 右側は以前のぞうさんで、左側が最近のぞうさんです。どうですか?左側のぞうさんの顔がにこやかにみえませんか。

ぞう_s.JPG

 避難所から仮設、仮設から公営住宅へと、いつかお父さんが「こんな狭いところに入れられて、早く出たいよ」と言っていた言葉を今でも思い出します。お二人とも新居に入って、落ち着いたようで、緊張感がとれたのか、なんとなくお顔が穏やかでした。ただ、仮設とちがって自宅が広くなり歩くのが増えて大変だそうです。7年近くも狭い仮設暮らしで、手を伸ばせば届いたけれど、新居はそうはいきませんね。「動くのが大変」とうれしい悲鳴が聞こえてきます。

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 新居でお父さんが作ってくれた鮭の白子のお吸い物とお漬物の味は格別でした。

お父さんと一緒_s.JPG
posted by 被災地NGO恊働センター at 14:33| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月25日

【東日本大震災】レポート No.285

昨年暮れの12月に岩手に訪問した時の増島のレポートです。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  
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 昨年、暮れの12月に岩手に訪問してきました。報告が遅れましたが、何回かに分けてご報告いたします。雪が降る岩手は、凛とした空気に包まれていました。
 だいぶ久しぶりの方もいて、タオルが届くのを首を長くして待っていてくれました。
「やっぱり、ぞうさんないと淋しい〜」と・・・。

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 被災地に行くたびに、造成が進み、これまでとは違った光景が広がります。毎日住んでいる地元の人でさえも、迷うくらいです。大量の土砂でうずたかく盛られた土の上に、所々灯りが灯されています。道案内の替わりになっている灯りだが、何故か痛々しい・・・。
 いままでの暮らしとはほど遠いような、大きなマンション型の団地がいくつも立ち並び、慣れない生活の中で、すでに空き家も目立ちます。被災地に着いてすぐ、復興住宅で、それぞれ家族がある女性と男性が相次いで飛び降り自殺をしたということを聞きました。それを教えてくれた作り手さんは「家族があっても死ぬんだね、孤独だから死ぬのではなくて・・・」と一言。
 必ずしも震災との因果関係はわかりませんが、行くたびにこのような話を聞くと、せつなくて心が折れそうになります。
 
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 昨年6月には宮城県気仙沼の仮設で40代の女性がガスを止められ、相談相手もなく、制度のはざまで、孤独死となって発見されたというニュースがありました。これは阪神・淡路大震災の仮設住宅でも全く同様のケースで、真夏に水道を止められ50代の女性が衰弱死したという、ショッキングなニュースがありましたが、悲しいことに東日本でもその教訓が生かされることなく、尊いいのちが奪われたのです。“防げた死”を何故、防ぐことができないのか??あまりにも悔しい・・・。

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 少しでも、孤独を回避するため、気軽に相談ができるようなセーフティネットなど、被災者には多く“つながり”が必要です。震災から7年を迎えようとしていますが、「早く自立しないと」と叫ばれ、7年間の間、我慢し続けている被災者も少なくありません。
阪神・淡路大震災の1995年11月に開催された仮設支援連絡会の寺子屋で、故秦洋一さん(朝日新聞論説委員)は「自立支援のための前提として、自立支援とは、被災者を孤立させないための人権運動である。その過程の中で求められているのは、未知の救援の文化の創造である。」と話していました。

 仮設の統廃合をする行政、その理由を「学校のグラウンドだから、子どもたちに返してほしい」と話す。もともと仮設住宅の建設に関しては、「公有地」「国有地」「企業等の民有地」の順に選定する仕組みになっているのです。7年間で培ってきた、仮設のコミュニティが崩壊し、新たな仮設でまたコミュニティを形成しなければならないのです。被災者の一人が「私の人生ずっと我慢しっぱなし、被災者になっても我慢しなければならないなんて」とぶつけようのない怒りが彼女の心を乱しています。
 
 7年を目前にまだまだ厳しい被災地の現状がそこにありました。被災地の春はまだ遠し・・・。
 
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posted by 被災地NGO恊働センター at 15:17| ニュース・情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月12日

【東日本大震災】レポートNo.284

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  9月10日   
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 最近、テレビでも取り上げられて、人気に火がつきそうな「あかもく」をみなさんご存知ですか?秋田では昔から身近な食べ物のとして、食されている「ぎばさ」といわれるものです。茹でて刻むととってもすごい粘りがでるのです。海藻好きな私は以前から好きで、岩手に行くたびスーパーなどで仕入れて食べていました。

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 この「あかもく」は海藻の一種で、よく養殖の網などにひっかかり三陸沿岸では厄介者で廃棄していたそうですが、最近その海藻の魅力が見直され、三陸沿岸でも食べるようになったようです。そして、今回たまたま、まけないぞうの作り手さんを訪ねたところ、漁協の女性部でこの「あかもく」の勉強会があるということで、急遽参加させて頂きました。
配布された資料には、この「あかもく」の学名はホンダワラ”の小さな袋(気泡)が藻の葉先にいっぱいついている有様は、“稲穂を連想”させるため「稲穂」に通じます。これをわらしべで一握りほど折って巻き、米俵の形にして、新春のご祝儀とする習わしが古くからあるそうです。その中でも代表的なものが、“蓬莱飾り“(ほうらいかざり)で、初春の祝いにと三宝の盤に目出たい品を飾るのですが、海藻はその中でも重要な一品となっているという貴重な海藻だそうです。
 
 そして、お勉強のあとは、お待ちかねの調理実習です。「あかもく」を使ったパスタ、てんぷら、お味噌汁などみなさんと一緒に作りました。
 沿岸の漁協では、こうして各地から講師を招いて、海産物を加工し少しでも仕事づくりにつなげられるようにみなさんがんばっているんです。みなさんと一緒に作ったお料理は格別でした。

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てんぷら_s.JPG

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 おいしいお料理を頂いたあとは、「まけないぞう」の回収です。作り手さんに支援者から預かったお手紙をお届けしながら、久しぶりのおしゃべりタイムです。6年半経っても、津波で何もかも奪われた悔しさや悲しさは消えません。「あの時は・・・」「着物も全部流された」などなど話は尽きません。そんなお話をしながら、「私はお手紙をちゃんとファイルに全部綴じているのよ。ほら、ここにもぞうさん作って飾っているの」など、ぞうさんの話をするときは嬉しそうに話してくれます。

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 箱に大切にしまっておいてくれたぞうさんを数えて、しっかりお預かりします!!
 今度は、どこにお嫁に行くのかな・・・。
 
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posted by 被災地NGO恊働センター at 15:16| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月11日

【東日本大震災】レポートNo.283

あれから6年半、9月に岩手県の被災地に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  9月9日   
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 先月の岩手訪問では、「まけないぞう20年ありがとうキャラバン」の企画として、「岩手医科大学 創立120周年記念イベント『健康フェス2017』〜いきいき元気健康家族〜」に参加させて頂きました。

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 今回のご縁をつないでくれたのは、大船渡の作り手さんです。その久美子さんは、2011年津波に襲われ自宅は大規模半壊でした。その後、仮設住宅コミュニティ支援員として仮設住宅の住民のお世話をしていました。そんな久美子さんに出会い、小物づくりが好きだということで「まけないぞう」づくりに参加されました。それから、2017年に自宅を再建し、仮設の統廃合に伴い、仮設住宅をでました。けれどもまだきちんと再建できていないので、実家に間借りしながらの生活だそうです。
 その後、岩手医科大学で入院生活をされ、体調が落ち着いた頃に、病気を持つ患者さんやその家族のために「まけないぞう」を岩手医科大学付属病院「がん患者・家族サロン」に寄付されたそうです。その担当者がとても熱心な方で久美子さんのボランタリーな行為に感銘を受け、「まけないぞう」にもとても感動してくれたのです。

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 久美子さんは「まけないぞう」を受け取った人たちが喜んでくれる姿がとてもうれしいそうです。今回そんな患者さんから、お礼のお手紙も届いたそうです。ここに紹介致します。

◆「まけないぞう」ありがとうございました。生まれつき心臓病があり、入退院を繰り返している娘も術後1週間ですが、嬉しそうにゾウさんをもって遊んでいます。私も東日本大震災を岩手県沿岸で目の当たりにしています。沢山の方の支援に感謝しています。
 今回も娘の病気を思ってくれる方が大勢いるということを実感し、涙が出るほど嬉しく、親も頑張らねばと思う日々です。このような支援をこれからも続けてほしいです。
 子供たちは笑顔になります。家に帰ったら待っている子供たちもゾウさんと遊ばせます。これからの入院の際に宝物として持っていきます。

◆入院中、とても気持ちが不安になり、辛い気持ちで過ごすことが多かったなか「まけないぞう」をいただきました。
 赤を選んだのは赤は生命力の象徴かな・・・なんて勝手に思ったからなのですが、「まけないぞう」を見るたびに頑張らないと、と自分に言い聞かせ入院生活を過ごしました。おかげさまでそろそろ退院できそうです。ありがとうございます

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 こうして、今回「健康フェス2017」に参加することができました。イベント当日は、快晴の中、関係者の方によるとこれまでで最高の人手だったそうです。久美子さんにもお手伝い頂き、たくさんの「まけないぞう」がお引越ししました。ボランティアの大原さんもバッグに子ぞうを身に着け、子どもたちにアピールしながら販売をがんばってくれました。
 久美子さんは「とても楽しかった。久しぶりに子どもをこんなにたくさん見たわ。」と嬉しそうに話してくれました。

 
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posted by 被災地NGO恊働センター at 10:14| ニュース・情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月06日

【東日本大震災】レポートNo.282

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  9月   
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 すっかり秋めいて、朝晩寒いくらいですね。先月9月に岩手県に行ってきました。今回は村井顧問と、熊本地震で知り合った大阪市在住の大原久史さんも同行してくれました。大原さんは阪神・淡路大震災を経験し、その時できなかったボランティア活動をいつかしたいと胸に秘めていて、今回ご縁があり一緒にまけないぞうの活動に参加してくれました。

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 いつもながらですが、みなさん首を長くして待ってくれています。「ぞうさんないと淋しいわ、でもあちこちで災害があって大変だったんでしょう??」とみなさん他の被災地のこともとても心配してくれていました。
 久しぶりに顔を合わせた作り手さんたちが、できあがったまけないぞうを持ちよります。中には、まるでシマウマみたない子ぞうさんを発見です!そして、近況報告もかねて、おいしいごちそうを頂きながら、おしゃべりタイムの始まりです。「ぞうさん、いつまでできるの?」、「ちょっと、体調を崩してね」「このごはん美味しいね」などたわいもない話で盛り上がります。

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 また、6年も経つと体調を崩す人も多いです。6年という月日を考えるとお年寄りにはとても長い時間です。中には、更年期のような症状で、肩が上がらなくなった、足の調子が悪くなってうまく歩けなくなった、腰の調子が悪いなど原因がよくわからないような体の不調を訴える人が多くなりました。
 そういう中で、まけないぞうはより一層被災者の心の支えになっているような気がします。「今度ぞうさんの仲間でどこかに行きたいね」などとお話が弾むと、なんだか元気になっていくような気がします。
 春に釜石市の霊場を回ったときにも、随分とアップダウンの激しい山道でしたが、みなさん必死に歩いて、疲れたはずにも関わらず行けてよかったととても喜んでくれました。

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いまは売り上げもかんばしくないこともあって、みなさんにたくさんのぞうさんを作ってもらえていませんが、いつもお届けしている各地から届いた暖かいメッセージに励まされ、「一人じゃないんだ」「みんな応援してくれている」と思えるようになり、またがんばろうと明日に向かって一歩踏み出します。
 
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 〜まけないぞうの作り手さんからのメッセージ〜
 今日は震災から早くも6年が過ぎました。仮設生活も6年、早いような・・・
日々ガンバって生活しております。仮設に入って1年位の時に出会った。“ガンバルぞうさん”のお陰で毎日が楽しく過ごしています。まだまだ復興半ばですが、これからもよろしくお願いします。
                          (2017/9/8 岩手県大船渡市)

 注)なぜか?メッセージのなかのぞうさんは“ガンバルぞうさん”です。20年経ってもこの間違いは減りませんね(^^;)正しくは「まけないぞう」さんです!!(^^)
posted by 被災地NGO恊働センター at 11:30| ニュース・情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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