2013年12月30日

【東日本大震災】レポートNo.235

11月末から、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  
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今年も間もなく、新しい年を迎えます。被災地では3回目のお正月を仮設住宅などで迎えます。寒さが厳しい東北で不安を抱えながらのお正月だとは思います。年の瀬には、ある地域では行政から土地を売って下さいというお知らせが届き、どうしたらいいのか、悩んでお電話を頂きました。新しい年を迎えることは期待と不安が入り交じることでしょう。

 先日お邪魔した作り手さんは、近所との折り合いがつかず、精神的に追い込まれ仮設から仮設への引っ越しを余儀なくされました。病院にも運ばれ、大変だったようですが、新しい仮設に移って落ち着いたようすで、「まけないぞうもきっとずっと作り続けるわ」とおっしゃって下さいました。新しいお家にもたくさんのまけないぞうが飾ってありました。

松村さん_s.jpg

 また、釜石の作り手さんのところにもお邪魔しました。その方も夏に仮設の土地を所有者に返還するということで、仮設から仮設へ引っ越しをされました。その新しいお宅へはじめて訪問しました。久しぶりということで、たくさんのご馳走を作ってくれていて、びっくりしました。11月後半から12月初旬の間は、鮭が遡上のシーズンを迎え、海から川へたくさんの鮭があがります。この光景には命の営みを感じます。

鮭の遡上1_s.jpg

鮭の遡上2_s.jpg

 その鮭の心臓を甘辛く煮た貴重な煮物。煮魚、酢の物、塩からなどたくさんのお料理が食卓を飾ります。またアワビの口開けと言うことで、高価なアワビまで並んでいました。
作り手さんのお一方の旦那さんは漁師さんで、大きなアワビを頂きました。こんな大きなアワビを頂くのは生まれて初めてです。まるでちょっとお正月のようなご馳走が食卓に並んでいました。

鮭の心臓_s.jpg

煮魚_s.jpg

ごちそう_s.jpg

アワビ_s.jpg

アワビ2_s.jpg

ほっぺたがおちそうなくらい美味しかったです。ごちそうさまでした(^^)夏にはお部屋の中で転んで入院していたのですが、すっかり元気なっていて、ぞうさんも作ってくれていて安心しました。

 今年もたくさんの笑顔に巡り会えました。来年の被災地はどんな歩みをすすめるのでしょうか?一番言いたいのは、被災者の方の気持ちに寄り添って、復興をすすめてほしいです。まけないぞうは被災者に寄り添い続けます。今年も大変お世話になりました。どうぞ来年もまけないぞうをよろしくお願い致します。

まけないぞう_s.jpg
posted by 被災地NGO恊働センター at 11:24| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月18日

【東日本大震災】レポートNo.234

11月末から、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  
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 今回の岩手訪問では、授業の一環として神戸大学の学生さんが同行してくれました。初めての被災地訪問で、冬の岩手の初日は雪空でした。でも寒さにもまけないぞう!であちこちの作り手さんに会いに行きました。まけないぞう作りにもチャレンジしてくれました。神戸大学の学生たちは震災直後から沿岸の被災地を足湯やまけないぞうや手芸などをして、被災者の方たちと交流を深めています。

 遠野では、朝靄が出るときがあります。この朝靄が出る日は晴れると言われていますが、この日の朝は前が見えないくらいの朝靄で、とても神秘的でした。

朝靄_s.jpg

朝靄2_s.jpg

 その日大槌の町は快晴でした。大槌役場は時間が止まったままの状態です。震災遺構として残すのか残さないのか、町は二分していると言われています。難しい問題だと思いますが、亡くなられた方の命を無駄にしないで、誰もが納得できるかたちで次世代に語り継いでほしいですね・・・。

大槌町役場_s.jpg

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 そんな大槌町を見渡せる高台に、神戸から届けられた「希望の灯り」が被災地を照らすように佇んでいます。阪神・淡路大震災の時に町は崩れ去り、炎に包まれ、真っ暗な街になってしまいました。そして、人々の希望の灯りが灯されたのです。被災地から被災地へ、その絆を深めています。 

希望の灯り_s.jpg

希望の灯り2_s.jpg

 被災地を見渡すと、瓦礫は取り除かれて津波直後の風景とあまり変わらない風景がどこまかしこも広がっています。写真の上は直後のもので、下は今の大槌の風景です

直後_s.jpg

今の風景_s.jpg

 そして、まけないぞうの作り手さんを訪ねます。学生さんは早速まけないぞう作りです。
作り手さんは「久しぶりだから、作り方忘れちゃったわ〜」と言いながら、手早く針を運んで行きます。

学生さん_s.jpg

作り手さん_s.jpg

 学生さんも、なかなかいい感じで針を運んでいます。作り手さんも「あ〜今日はかわいくない!顔が長すぎた〜」など言いながら、ちくちく・・・。二人とも可愛い子ぞうさんができましたよ。できあがった子ぞうさんを箱詰めします。この子たちは一体誰の手に届くのでしょうか?

箱詰め_s.jpg

できました_s.jpg

そのあと、大槌では有名な新巻鮭のお昼ご飯をご馳走になりました。おいしくて写真を撮るのを忘れてしまいました。作り手さんは「こうして誰かにご馳走するのは、私の子どもも外で誰かにお世話になっているから、誰かが来たときにはそのお返しをするのよ」という言葉をいただきました。こうして支え合いが育まれていくんだな〜と実感して、うれしく思いました。本当に感謝いたします。
posted by 被災地NGO恊働センター at 13:03| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月12日

【東日本大震災】レポートNo.233

11月末から、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。
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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  1000日
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 東日本大震災から12月4日で1000日を迎えました。寒さが本格化する中、被災地では希望の見えない日々が続いていました。亡くなれた人たちは15,883名、行方不明者は2,643名(12月10日現在)になりました。避難者数は、27万7609名にのぼります。亡くなられた人たちに心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 被災地を回っていると行き交うトラックが一段と増え、ホコリがまいあがっています。けれど、工事をしているのは、三陸縦貫道や防潮堤などが目立ち被災者の終の棲家となる住宅ではないことが多いです。被災者の人たちは口々に、「このまま10年、20年とこの仮設にいるのかしら?」、「このまま仮設で死ぬのかしら」と不安の声を漏らしています。「オリンピックが決まっているので、あっちは日にちが決まっているから資材も人手も取られて、こっちの復興はまた遅れるよね」と不安の種は尽きません。

海の工事_s.jpg

道路の工事_s.jpg

 一部の人は復興住宅に移っていますが、仮設でできた仲間の繋がりが分断され、また復興住宅でコミュニティを作り直さなければならないのです。復興住宅に移られた被災者の方は、「せっかくできた仮設でのコミュニティがバラバラになり、何度も何度もコミュティを作り直さなければならないなんて、辛い」とこぼしています。この言葉は18年前の阪神・淡路大震災の被災地でも聞きました。なぜ、同じ事が東日本の被災地で繰り返されているのでしょうか?憤りを感じずにはいられません。一体私たちに何ができるのでしょうか?私たちは何ができなかったのでしょうか?

まけないぞうの作り手さんから「しばらくぶりで、ぞうさんをつくりました。あっちこっちから糸が・・・でも楽しかった〜」とメールをもらいました。新しい住宅に引っ越しされ、いままでの繋がりが途絶え、寂しさからまけないぞうづくりを再開したのです。仮設住宅でもそうでした。仮設でも役割があって、住民の人たちと関係が出来ていたとき、ぞうさんのちからがなくても生活できていました。でもいままたぞうさんが彼女を支えています。

 いつか彼女がぞうさんから卒業できる日がくることを願ってやみません。1000日を迎えた被災地で感じたことが少しでもみなさんに伝わりますように。これからも、末永く被災者に寄り添っている「まけないぞう」を応援して下さい。

子ぞう_s.jpg
posted by 被災地NGO恊働センター at 17:09| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする