2014年03月12日

【東日本大震災】レポートNo.236

2月末から、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり 2014年3月11日 
…………………………………………………………………………………
 2011年3月11日から3年を迎えた被災地では、午後2時46分、町中にサイレンの音が鳴り響き、各地で祈りが捧げられた。それぞれが犠牲になられた人たちに祈り、想いを寄せた。亡くなられた方々には心からお悔やみ申し上げます。
 「10日現在、警察庁によると、地震や津波による直接死は1万5884人、行方不明は2,633人、震災関連死は毎日新聞のまとめで10都府県3,048人に達し、福島県では直接死を上回った。」(2014年3月11日毎日新聞より)

 10日には釜石の復興住宅で、有志の方の発意で竹の灯籠に灯りが灯された。その日はお逮夜(一般的には四十九日や一周忌など、定められた供養日の前日や、命日の前夜を指します。)で、帰宅された住民の方が一人、また一人足を止め、あの3.11を振り返る。オカリナの静かな音色に包まれ、それぞれが想いを馳せる。「私は息子が流された」とぽつり、またある人は「孫の体調が悪化し、家族がバラバラになった」、別のある人は「数ヶ月の赤ちゃんを抱え、裸足のまま無我夢中で山伝いに逃げた」みなそれぞれの3.11がそこにある。涙があふれてくる。来年再来年と続く3.11、そこに終わりはない。

灯り_s.jpg

灯り2_s.jpg

灯り3_s.jpg

 11日当日、沿岸に車を走らせ、被災地の様子を見て回る。道路には多くのトラックが土煙を上げて行き交っている。山を削り、海を埋め立て、三陸の豊かな自然が破壊され、山や海から叫び声が聞こえてきそうだ。これが真の復興なのだろうか??まるで被災者の声がかき消されているようだ。

山_s.jpg

材木_s.jpg

海_s.jpg

 3.11は遠野希望の郷「絆」で追悼行事が行われた。住田町の方から竹を頂き、竹灯籠に灯りを灯した。そして、午後2時46分祈りを捧げる。仮設から引っ越した方も、在宅の方も、みなし仮設の方も、この日は懐かしい顔とともにお互いに「元気か?」「あ〜元気だ」と声を掛け合い、その存在を確かめ合う。

3.11文字_s.jpg

交流会_s.jpg

灯り遠野_s.jpg

灯り遠野2_s.jpg

 冒頭、震災関連死の記事を紹介したが、この遠野でも震災関連死に関して提訴している人がいる(ちなみに岩手県では被害の大きい福島・宮城・岩手の中で認定された人が一番少ない)。私もよくお世話になっている人だ。
「鳥取さんによると、健二さんは震災前まで、小型船でウニやアワビを取り、心身に変調はなかったという。しかし、震災直後からぼうぜんと座り込むなど様子が一変した。遠野市にある長男宅に移ると、山を見て『津波が来た』と言ったり、近所を徘徊したりした。11年6月に『アルツハイマー型認知症』と診断された」(2014年3月12日毎日新聞)

 被災地を回っていると、津波後、心身ともに体調の変調を訴える人が多いことに気づく。そして、自ら命を絶つ人も・・・それはしかも大人に限ったことではないのだ。あの大津波で生かされた命がこれ以上犠牲にならないように、これからも、みなさんとともに被災地に寄り添い続けていきたい。いつか心から笑える日がくるまで・・・。

笑顔_s.jpg

みんな笑顔_s.jpg
posted by 被災地NGO恊働センター at 14:32| ニュース・情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする