2020年01月30日

【東日本大震災】レポートNo.302

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  
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そして2019年震災から9年目に突入。やっと土地の引き渡しも終わり、「5月か6月くらいにはできるかな」と話していたのですが、大工さんも仕事に追われ、着工が予定より遅れました。夏にやっと棟上げ式が行われ、その時に餅まきをして、そのお餅をもらいました。

餅まきのもち_R.JPG

「11月くらいにはできるかな」が伸び、「年末にはやっと引っ越しできるかな」という段階で、思うように工事が進まず、直前になって完成が年を越してしまったのです。自宅がが完成したのは震災から10年を目前にしたこの2020年1月でした。長い長い年月この日をどれほど待ち続けていたでしょうか。

自宅前で_R.JPG

 引っ越しの当日には、親戚やボランティアさん、仮設で一緒だった人など15人ほどがお祝いに駆けつけてくれました。その日は、宮司さんをお招きして、神棚に魂入れをしました。宮司さんはたくさんの人が来ているのを見てびっくりしていました。「なんで、こんなに人がいるの??」と作り手さんに尋ねると、「津波のお陰でみんなと出会えたんです!」と。「津波のお陰!」と。とても複雑な気持ちですが、自然に涙が溢れました。家族や親せきのみなさん、そして津波のお陰で出会えた人たちに囲まれ、式が厳かに執り行われました。

お参り_R.JPG

彼女は多くの人に支えられここまで来たのですが、私たちもたくさん彼女に支えられてきたのです。若いころに旦那さんを亡くした彼女は、物静かで、いつもニコニコしていて、凛とした強さがあります。
それまでは工期が伸びても「ここまで待ったんだから、慌てずにゆっくり待つわ」と話していたのですが、最後の最後に自宅の引き渡しは伸びたときには、「さすがに今回はショックだわ」と言っていました。その言葉の奥にこれまでどれだけ待ちわびていたのかと考えるとかける言葉もなかったです。

引っ越し_R.JPG

引っ越し2_R.JPG

 そんな苦労の賜物の自宅がこの2020年1月についに完成したのです。その当日に、まけないぞうで貯めたお金で買った品物が届きました。それは素敵な茶箪笥とソファでした。彼女は「一生の宝物だよ!」と満面の笑みを浮かべて見せてくれました。
一緒にいた娘さんも息子さんも喜んでくれました。

ソファ_R.JPG

茶箪笥_R.JPG

 津波に遭った当時、遠く離れて住む娘さんは、お母さんが津波のショックでぼけたりしてしまうのではないかと心配したそうです。「そんな時にまけないぞうがあったので、生活に張り合いができて、本当によかった」と言ってくれたのです。「まけないぞうのお陰です」と。この9年間の独居生活の彼女をまけないぞうが支えてきたのです。こんなうれしいことはありません。「最後の一人まで」ってこういうことなのかな〜?と。もちろんまだまだまけないぞうは続きます。これからもご支援をよろしくお願いします!!

仲良し_R.JPG

ずっと一緒に_R.JPG

posted by 被災地NGO恊働センター at 10:45| ニュース・情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月29日

【東日本大震災】レポートNo.301

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  
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 先日1月12日駆け足で岩手に行ってきました。暖冬のせいか寒さもさほどではなく、雪もなく運転も快適でした。

 今回の岩手訪問の目的は、まけないぞうの作り手さんの引っ越しです。作り手さんのなかで唯一、最後まで仮設に住んでいた方でした。避難所からのお付き合いでもう9年の歳月が過ぎていきました。最初に出会ったのは避難所でした。仲良しのお友達とぞうさんを作ってくれました。その後、「仮設に引っ越しをするから、落ち着いてからね」と数週間が過ぎました。ある日、現場を回っていたボランティアの人から「大変です!目のないぞうさんが仮設にたくさんあるから、早く行ってください!」と言われ、慌てて行ったのを今でも覚えています。ずっとぞうさんを作り続けていたのです。

避難所_R.JPG

こんなにつくりました2_R.jpg

 そして、避難所から仮設へ引っ越したものの隣近所は知らない人ばかりです。集会所もできていません。それで、テントと長机、椅子を運んでお茶会のスペースを作りました。ちょうど夏の時期でとても暑かったのですが、たくさんの人たちがテントに来てくれました。「あら〜あんた、いぎでだの(生きてたの)???どごにいだの??」、「私はこの仮設の○○号室よ!」と再会を喜んでいました。いまでもこの時のことを昨日のことのように思い出します。

まけないぞうの作り手さん_R.jpg

 仮設の玄関のところには目印に「まけないぞう」を飾ってくれていました。初めてつくった記念のぞうさんです。

玄関ぞう_R.jpg

 作り手さんは仮設暮らしをしていた頃に、親戚のお孫さんに「おばちゃんがいなくなったら、僕は帰る場所がなくなる」と、その言葉が胸に刺さり再建を決めたのです。そして、「まけないぞう」の手間賃をコツコツを貯め、一度も手つけることなく、「いつかこのお金で再建した家の記念になるものを買うんだ」と嬉しそうに語っていました。

 2011年の震災から土地の造成の工期は伸びに伸びました。被災者のみなさんのほとんどは住民説明会に行くと、最初の頃はがっかりしていました。けれど、何度も期待を裏切られ、途中からは説明を聞きに行っても「またか!もう伸びるのは慣れたよ!」と。
震災から8年が経ち、やっと夏くらいには土地の引き渡しはあるかなと話していた時、やはり水道管の工事が遅れ、土地の引き渡しは延期になりました。その年の瀬、新年の準備を迎える最中に、役場から一本の電話が鳴り響き、土地の引き渡しが遅れるという内容を伝えるものでした。何もそんな年末に知らせなくても、新年があけて落ち着いてからでもいいのではと、その機械的な対応に怒りすら覚えました。その作り手さんも気丈に、「ここまで待ったんだから慌てずにゆっくり待つよ」と言ってはいたものの、ショックだったと、あとから聞きました。(つづく)

造成地_R.JPG
posted by 被災地NGO恊働センター at 14:33| ニュース・情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする