2011年03月31日

【東北地方太平洋沖地震】レポートNo.35


3月25日から、スタッフが岩手県に入っています。

29日、大槌町の小鎚多目的集会所にて、「まけないぞう」づくりと足湯を行いました。増島智子のレポートです。
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遠野からのレポート
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<3月29日>
■小鎚地区にて
遠野市社会福祉協議会を拠点に3月27日「遠野被災地支援ボランティアネットワーク」通称〜遠野まごごろネット〜」が設立されました。遠野市のみなさんに遠野の自慢できることはと聞くと「まごころ」と応えてくれます。その「まごごろ」を通称にいれて被災地に「まごごろ」を届けたいという想いからこの愛称がつきました。みなさんぜひ応援お願いします。

今日は小鎚エリアの「小槌多目的集会所」に訪問しました。避難者のかたは子どもも含めて15名の方が避難されている小さな避難所でした。ここの方も避難所より、少し下流の方に住んでいた方が多く、昼間は家の片付けに行って
いて、水に濡れた畳を運びぎっくり腰になっている人もいました。

■まけないぞうづくり
避難所ではまけないぞうづくりと足湯をさせていただきました。
まけないぞうづくりでは、子どもたちも参加してくれました。

高齢の女性の方は、津波で旦那さんが流されまだみつからないと・・・
盛岡から子どもさん家族が孫(4〜5歳と9ヶ月)を連れて様子を見に来てくれていました。そのお孫さんがまけないぞうづくりに参加してくれていて、「おばあちゃんも今度作ってあげるからね」と作り方を聞いてくれました。「本当なら孫も一人できていつも家に泊まっていくけど、避難所では泊まれないから」ととても名残惜しそうに送り出していました。「この子はまだ小さいからおじいちゃんが津波で流されたことをわからないしね」と。。。

他の方も、「着の身着のまま逃げてきて、落ち着いたら自宅に戻れると思ったのに、もう何もかも流された」と。。。

神戸からきたと伝えると「阪神淡路大震災の時は他人事と思っていたけれど、自分の身にふりかかったら、よくわかった、人は痛みを感じないとわからないのね〜」と。。。みなさん辛い胸のうちをつぶやいてくれました。

それでもまけないぞうを作っていくうちに、鼻ができ、顔ができ、目がつくと「あっ目がついた
ら生きてきた」と、また別の方は「私に似ているわ〜」とまけないぞうづくりを通して、一瞬ですが、笑顔がこぼれるひとときを過ごされていました。

■足湯
足湯では、やはりここでも自衛隊のお風呂がいっぱいになり、1週間ぶりに足だけでもお湯につかりみなさん喜んでくれました。

お一人の方は70歳過ぎの女性で、津波ですべてを奪われ、埼玉にいる娘さんのところへ引っ越しをすることになったそうです。「この年になってまったくわからない土地にいくのはとても不安だけれど、もうここには何もないから行くしかないのよね」とつぶやかれました。

掃除でぎっくり腰になった方に、柔道整復師のスタッフOが、別のたたみの部屋で施術しました。15名の避難者の人たちがたった10畳ほどの畳の部屋で寝起きをし、座布団を一人3枚したに敷き、毛布を2〜3枚かけるだけで寝ていたそうです。まだこちらは雪も降り、夜には氷点下の気温です。翌日布団を運び入れることにしました。ここでもほとんどの方が風邪をひかれ、家の片付けで疲労困憊でした。

大きなことはできませんが、いま私たちできることを応援を頂いているみなさんのまごごろと一緒に届けたいです。宮崎から届いたお野菜もこの避難所にお届けしました。中越地震のときにお世話になった仲間も新潟から訪問してくれました。神戸から来てくれて本当にありがとうと大変喜ばれました。被災地から被災地へ支えあいの
輪が広がっています。
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posted by 被災地NGO恊働センター at 17:18| 遠野から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする