2011年04月20日

【東日本大震災】レポートNo.61

被災地NGO恊働センターです。
先遣隊として被災地に入った武久真大のレポートです。
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武久のレポート〜米沢より〜
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「そのひとにとっての 2」

足湯の合間に、足湯の声かけにまわる。
固くなったおにぎりを食べようとしているおばあちゃんを見つけ、声をかける。

良かったらあったかいお茶どうですか?今淹れてるので、と
お茶を持って行ったついで、足湯のお茶菓子だったお団子も持っていく。

わたし、お団子とても好きなの。じゃあお団子の方食べるわ。
あったかいお茶とお団子。おばあちゃんの顔がほころぶ。

そのまま足湯にお誘いして、足湯をする。
82歳、原発から20キロ圏内、浪江町出身のYさん。
畑まで原付で通っている元気なおばあちゃんだ。

女の人がバイク乗ってもいい、ってなったらすぐに免許取ったんだよ。
足湯ではそんな風に、今までの生活をおもしろおかしく話してくれた。

足湯が終わって、もうひと串、お団子を食べる。あたたかいお茶と一緒に。
孫、ひ孫に悪いわ、と言うのでお孫さんたちの分も1パック渡すことにする。

帰り際、そんなYさんがぽろっと、ひとこと、一言、こぼしはじめた。

地震があったとき、まだYさんのだんなさんの49日法要が済んでなかった。

だから、まだ夫は(壷に納まったお骨で)家にいて。
でも自分では動けないから、大事に抱えて家から出た、って。
地震のとき、真っ先にかけよって、大事に大事に一緒に避難してきた、って。

前の避難所では大事に毛布にくるんで、見られないようにして一緒にいた。
けど米沢に来てからは、一緒にいられないということで車の中にいてもらってる。
寒いところで申し訳ないから、毎日会いに行ってる。申し訳ない。

涙を流しながら、そのひとにとっての、家族のお話をしてくれた。


地震はいつやってくるか分からない。臨月の状態で避難してきた方もいる。
それと同様に、こうしたお話も、本当はもっとたくさんあるのではないだろうか。

目に見えるものだけが全てではないんだと、Yさんの涙は教えてくれた。

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posted by 被災地NGO恊働センター at 17:25| 被災地からのレポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする