2012年05月09日

【東日本大震災】レポートNo.167

4月26日より、2週間程度の予定で再び岩手県に入っている増島のレポートをお届けします。
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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり 5月6日(日)
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寒さが舞い戻って来たように、ここ遠野は数日雨模様のせいもあって、ストーブをたかないと寒い日があります。

6日未明国内の原発がすべて停止しゼロになりました。日本では1970年以来、42年ぶりのことです。
あの「3.11」の震災で人々の意識は大きく変わりました。自然の驚異を前に人は無力でした。これから私たちの生き方が問われています。いままでのようなライフスタイルでは、また福島第一原発のような事故を起こしかねません。阪神淡路大震災以来、もう2度と同じ過ちを繰り返さないように尊い命が奪われないようにと思い続けてきました。今回の震災でも同じように、これ以上尊い命を失わないように、私たち自らが変わらなくてはならないのではないでしょうか?

被災地に豪雨をもたらした低気圧は被害の爪痕を残しています。大槌町から赤浜に向かう幹線道路の脇には湖のように水が引かずに残っていました。ここ赤浜は小さな漁村で、「はまゆり」という釜石の遊覧船が建物に乗り上げ、よくマスコミでも取り上げられた所です。その遊覧船も危険だからなどの理由で撤去されましたが、住民たちが後生に津波の恐ろしさを伝えるためにもう一度その船を再現しようとしています。

赤浜の被災地1_s.JPG

赤浜の被災地2_s.JPG

今日は久しぶりに大槌町の赤浜で講習会をしました。ここは、避難所の時に何度か訪れていて、今日はそれ以来の訪問となりました。懐かしい顔ぶれがそろいました。「ぞうさんの作り方覚えていますか?」と訪ねるとみなさん元気よく「忘れたわ〜」と答えてくれました(笑)。

久しぶり_s.JPG

もう忘れたわ_s.JPG

初めての人もいる中で、最初から作り方を説明しながらぞうさん作りがスタートしました。避難所以来で会った人は、津波で命からがら逃げた方でした。「避難所で教わった時は、パニックで全然覚えていなよ」と。その方は、避難所では、キリンの首みたいに鼻が長くなり、糸がほつれて鼻毛を出したぞうさんを作った人でした。あのときおかしくて転げ回って笑っていたあの人です。いまは仮設で何とか落ち着いて元気で暮らしているようで何よりでした。

赤崎小学校作り手鼻から鼻毛が出て笑い転げている3_s.jpg

避難所以来_s.JPG

初めての参加_s.JPG

みなさん真剣に針を運んでいると、「痛いぃぃ」と自分の手を縫ってしまいました。絆創膏をつけながら・・・。「自分で縫っていると忘れたけど、人には言えるんだよね〜」と作り方を教えながら・・・。ちくちくタオルを縫っていきます。そうこうしているうちにぞうさんが完成していきます。

完成1_s.JPG

完成2_s.JPG

完成3_s.JPG

台風一過の後のような晴れた日の午後のひととき、みなさんとおしゃべりをしながら楽しくぞうさんを作りました。
(増島智子)

☆まけないぞうの一言メッセージ
 本当に多くの方々にお世話になって、ありがとうございます。このぞうさんに会って、助かりました。何か何かと思いが届いて、友達に誘われ喜んでやっています。仕事あるってうれしいですね。ましてかわいいぞうさんですもの。
(2012/1/25 70代女性 釜石市甲子仮設)

posted by 被災地NGO恊働センター at 11:05| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする