2020年03月26日

【東日本大震災】レポートNo.303

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  
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 東日本大震災から9年の時が過ぎました。被災地では、新しく町が生まれ変わりましたが、行きかう住民はまばらで不十分ながらもくらしの再建は始まったばかりです。三陸沿岸の岩手、宮城、福島3県のプレハブ仮設住宅では、今年の4月時点で60世帯の人がまだ生活をしているそうです。福島県では9年の時が過ぎても、時がとまったままの場所がたくさんあるのです。原発事故の影響で転居先未定の方もいます。他の地域では土地の区画整理事業の遅れや工務店が注文に追い付けずに時間がかかってしまうケースがあるのです。9年経ってもハード面の遅れが目立ちます。

防潮堤_R.JPG

 そして、新型コロナウィルの影響は岩手県にも出ていました。3月11日の追悼行事などの縮小、集会所などでの催し、イベントなどの自粛や中止など、いつもとは違う雰囲気がありました。
 そんな中で、この3月で解体される私たちもお世話になっていた陸前高田市のモビリア仮設住宅で、被災者の方たちと追悼行事に参加させて頂きました。

高田の市街地_R.JPG

311追悼_R.JPG

追悼_R.JPG

 3月11日、特に震災のことを思い出します。80代女性が「息子がね、津波で亡くったんだ。震災から2ヶ月経ってから海の中から遺体が見つかって。引き渡しにも時間がかかったよ。」と話してくれました。また、みなさん口々に週に一回必ず体操に来ていたんだよ!「この場所がなくなると集まれるところがなくなるから寂しいね。ここにきたらみんなと話して大笑いして帰るんだ。それが楽しくてね」と名残惜しそうにそれぞれが思い出話に花を咲かせました。

 まけないぞうの作り手さんは、津波で自宅が流され、当時保育所に通っていたお孫さんが、避難先でずっと家に帰りたいと訴えていたそうです。それで一度お孫さんと自宅を見にいったそうです。自宅は基礎だけ残して全て流されていたのです。お孫さんはその自宅を見て「波がじゃぼん、じゃぼんっておうちを持っていったの??」と…。それからは「お家に帰りたい」と言わなくなったそうです。小さな体と心でその現実を受け止めたのでしょう。それでも作り手さんは「津波で全部持ってかれた。でも命だけは助かったから幸せ」と話してくれました。
 被災地を訪れる度に、いろんな方のお話を聴きますが、9年経っても初めて聴く話が多いです。本当に当たり前のことですが、被災者ひとり一人に物語があるのだと、この物語一つ一つを将来世代に伝えていきたいと強く思いました。 

まけないぞう_R.JPG

(増島 智子)

posted by 被災地NGO恊働センター at 14:58| ニュース・情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする