2013年05月23日

【東日本大震災】レポートNo.213

4月から5月にかけて、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり
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 陸前高田市にお邪魔したときに、仮設で結婚式があるということで、ちょっと興味津々でした。仮設の玄関には紅白の垂れ幕がかかり、住民の人たちがわさわさと外へ出てきていました。昔からこの地域は、お嫁さんが町を練り歩きながら、お婿さんの家にいくという習慣が残っているそうです。地域でお祝いするなんてとても素敵です。
ただ、この日は残念ながらお嫁さんは来られず、ご両親がご挨拶に来るということでお嫁さんは拝見できませんでした(残念)
ぞうさんを受け取りながら、作り手さんは「ひとつずつ顔が違うのよね〜ほんと不思議よね〜」と大事そうに箱に詰めてくれました。

仮設の垂れ幕_s.jpg

2件目は、ボランティアさんと一緒にぞうさんづくりです。ちょっとどきどきしながら手ほどきを受けています。チクチクチクチク、なんだか親子のように楽しそうにぞうさんが出来ていきます。思わずこちらも自然と笑みがこぼれます。

スタート_s.jpg

出来てきた_s.jpg

目がついた_s.jpg

どれどれ_s.jpg

できました_s.jpg

教えてくれた作り手さんは、最近目の調子が悪くぞうさんを休みがちでした。今日は材料を持っていったのですが、「休みたいから材料を持って帰って欲しい」と言われました。彼女に出会った時、「仮設に入って落ち着いた頃、ボランティアの方々が県外などからも来て、がんばっているのに、自分は歴史も財産も失ったというむなしさで「うつ」になっていた。でも私でも何か役に立つことがないのか?昔人形を作っていたなつかしさで、このぞうさんを教わった。今はぞうさんを作ることが自分も生きようという心をかきたててくれた」と前向きに生活を送れるようになっていました。
けれど、2年を過ぎたいま、まだ仮設で暮らし、家の見通しはつかず、町は広大な更地のまま明日への希望が見えてこない。彼女はポツリポツリとつぶやきます。「このままここにいてもどうなるかわからないし、どうしていいかわからない。あの時(3.11)に逝ってしまえばよかった」と。その言葉が私の胸に刺さりました。「そんなこと言わないで」と言いましたが、自分の中ではその言葉が軽いように思え、納得のいく言葉ではありませんでした。彼女が言った「歴史も財産も失った」という言葉。どれだけの悲しみ・辛さが彼女の心の中にあるんだろう・・・いまの彼女には「まけないぞう」も無力でした。
そのまま材料を持って帰りました。「また来るからね」と。。。

そして、2〜3日後彼女から電話があり、「やっぱり何もしないのも寂しいから、ぞうさんの材料ちょうだい」と。ホッとしたのと複雑な気持ちとが入り交じっていました。そんな一進一退の揺れる不安な気持ちを持っている被災者の人たちがたくさんいるのです。現地ではボランティアも撤退し、減少しています。少しでも被災者の苦しい胸の内を吐露することができれば、いくらかでも気持ちが楽になるのです。兵庫県の心のケアセンターの所長加藤先生が精神的なダメージを受けた人でも7割が自分で直すことができる、あとの3割が専門的ケアが必要なんだとおっしゃっています。
今日、最初にボランティアとぞうさんを作っていた彼女の姿は本当にとても楽しそうでした。少しでも多くそんな時間を持つことができれば、不安や悲しみが一瞬でも忘れられるのでしょう。ある仮設のおばあちゃんは「集会所に一日来れば元気などをもらって、4日いのちをつなぐことができる」と話していたそうです。

IMG_7307_s.jpg

<まけないぞうの一言メッセージ>
自分で作ったまけないぞうを国内や外国の皆さんが喜んで眺めて下さってありがとう!!私もまけないぞうで心がいやされ2年が経ちました。これからも頑張ってまけないぞうを作っていきたいと思います。
(2013/5/7 女性 岩手県釜石市 )
posted by 被災地NGO恊働センター at 10:52| ニュース・情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月26日

【東日本大震災】レポートNo.203

2月4日から再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり2月5日
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今年は当センターとともに歩んできた海外の災害救援をしているCODE(海外災害援助市民センター)が10周年を迎えました。そして、今月2日に神戸でシンポジウムを開催し、これまで活動している海外の被災地よりゲストを招聘しました。アフガニスタン、中国の四川省、ハイチの3ヶ国から来て頂いて、東北の被災地を回りました。
岩手入りした日は、晴天に望まれたのですが、夕べのうちに降り積もった雪が、カチコチになり、道路はアイスバーンでスケートリンク状態でした。気温が低いので、雪はパウダースノウで風に舞い、まるでブリザードのようでした。気仙沼から移動してきたCODEのみなさんも途中で車がスリップした事故に遭遇し、到着が遅れるアクシデントもありましたが、無事に釜石の仮設住宅に到着しました。

吹雪_s.jpg

つるつる_s.jpg

釜石の仮設住宅では、自治会長のご夫妻に津波のときのお話や現在の復興状況についてお聞きしました。お二人には、お孫さんがいて、当時、海のすぐ近くにあった釜石の鵜住居小学校に通っていました。お二人はこれまでの三陸地方の津波の経験から、お子さんたちや家族に「地震があったら、すぐに高台に逃げなさい」と常日頃言い聞かせていました。
鵜住居小学校の生徒は隣にある、釜石東中学校の生徒たちと地震後すぐに走って高台に逃げて無事でした。この東中学校の生徒は、群馬大学の片田先生が防災教育として、生徒達へ「地震がきたら、ともかく高台に逃げないさい」ということを教え続け、「想定などと言われているが、それを信じないでとにかく高台に逃げなさい」などということを言い続けたのです。そして、中学生の生徒は、小学生と手をつなぎながら、高台まで避難したのです。今回の津波は想定を遙かに超えた大きな災害になりました。自然の驚異を前に、私たち人間の力なんて、非力だということをまざまざと教えられました。
自治会長のお二人や、片田先生のように、次世代を担う子どもたちへ命を守る最善の方法を言い伝えていくしかないのでしょう。海外ゲストも熱心に耳を傾けていました。

釜石_s.jpg

鵜住居小学校_s.jpg

東中学校_s.jpg

午後からは、大槌町の吉里吉里の仮設を訪問しました。ここでは、作り手さんが、海外のゲストに「まけないぞう」づくりを教えてくれました。アフガニスタンからのラフマンさんは、手芸の道具に興味津々で針通しをみて、「これは何だ??」と、使い方を見せると、「Good」と言いながら感激していました。指ぬきは、アフガニスタンにもあるそうです。なかなか手先も器用で、スイスイと針を進めていきます。

アフガニスタン_s.jpg

中国、四川省からのお医者さんでもある彭さんは、2度目の訪問ということもあって、仮設の住民の方と和気あいあいとお話をしながら、慣れた手つきで針を運んでいました。

四川省_s.jpg

ハイチから来た、レフェルブさんは、お話を聞くときもとても熱心で、ノートにずっと聞いた内容を書き留めていました。そして、ぞうさんづくりもとても慎重にすすめていました。

ハイチ_s.jpg

なんとかできました

ラフマン_s.jpg

そして、最後に仮設のお部屋を訪問させて頂きました。その時に、貧困の厳しいアフガニスタンのラフマンさんが「あなたはこの国に生まれてラッキーだと。こんなふうに支援をしてもらって、どうぞこれからも元気で過ごして下さい」と被災者の方に言葉をかけてくれました。現在の被災地の状況に、満足いくことはとうていありませんが、アフガニスタンやハイチのような貧困が厳しい国では、日本の状況はよく見えてしまうのですね。また中国でも被災地の復興に政府が素早く対応したものの、住民の思うような復興ではなかったようで、複雑な気持ちを吐露していました。
改めて、海外の被災地の方のお話を聞くと、日本の状況が客観的に見えてきます。それぞれ、文化や習慣、おかれている状況は違いますが、言葉が通じなくて、被災者同士の心の交流は確実に図れ、今後お互いに支え合いの輪が広がっていくことを確信しました。

集合写真_s.jpg
posted by 被災地NGO恊働センター at 16:29| ニュース・情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月08日

【東日本大震災】レポートNo.196

被災地NGO協働センターです。
11月1日より再び岩手に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり 11月5日
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今日は快晴です。紅葉が太陽に光を浴びてとてもきれいです。釜石の尾崎白浜仮設へ行きました。以前、据え付けたベランダに腐らないように塗装が施され、作り手さんは、「とっても便利がいい」とお気に入りです。「昨日はカーペットを干したよ」と。。。仮設でも被災者の方々にとっては、そこが自宅なのです。だからこそ工夫して少しでも生活しやすいように一緒に考えていきたいです。

ベランダ_s.jpg

作り手さんたちは、お一人の方は方が痛くなったり、手がむくんでしまってぞうさん作りはお休みしています。どうしてそんな状態になったのかはよくわかりませんが、ストレスによりリュウマチなどを発症することもあるようです。「いろいろ考えてイライラしたり、眠れないときはぞうさんをつくるの、そうすると嫌なことも忘れることができるから、だからぞうさんしたんじゃない」と話してくれます。もう一人の方は漁師さんでもうすぐアワビ漁が始まるということでした。月に2回の漁があるそうです。津波後これまでは協同で船をだしていたけれど、今回からはそれぞれに漁ができるということでした。

おしゃべりはとまりません。あっという間にお昼です。お昼には新米で炊いた栗ご飯とこれからがシーズンとなる赤カブのお漬け物やキャベツのつけもの、茎わかめの煮物などなど、お膳があっというまにいっぱいです。

ごちそう_s.jpg

みんなで和気あいあいと楽しい時間は過ぎていきます。ここ尾崎白浜では、地震後はすぐみんな高台に逃げたそうです。それでも年配の方達は油断して逃げずに亡くなった方がいたそうです。地震があったらすぐ逃げる、その時にすぐ戻ったらだめだということは、昔から言い伝えられていたそうです。

<まけないぞう一言メッセージ>
初めて納品します。かわいい子どもを嫁に出すような気持ちです。どうぞよろしくお願いします。
(2012/09/1 女性 宮城県石巻市 女性)
posted by 被災地NGO恊働センター at 09:17| ニュース・情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月06日

【東日本大震災】レポートNo.195

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり 11月4日
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 今日は、大槌と釜石を訪れました。山道を抜けると、木々が染まり、岩手山には初雪が積もっていました。軒下には大根がたくわん用に干してあり、東北はもう冬支度に入っています。

紅葉_s.jpg

午前中は、大槌の袰岩仮設にお邪魔しました。ここは山際にある仮設で、冬になるとほとんど日が差しません。午前中にお邪魔したのですが、部屋は薄暗い状態で、これからの季節は結露が酷くなり、部屋の中の天井や畳などにカビがわきます。ハンガーにつるしてある洋服も着る回数が少ないとカビが生えてしまいます。
神戸の震災の時は皮肉にも、住宅密集地で家が壊れて、日当たりが良くなり喘息が治ったケースがありました。それほど、日当たりというのは、人間にとって大切なのです。長引く仮設生活のなかで、環境が改善されるようにしていきたいものです。

午後からは、釜石の市内にある上中島仮設にお邪魔しました。ここは久しぶりのぞうさん講習会です。こんなポスターも作ってくれていました。

ポスター_s.jpg

ほんとうに久しぶりで、以前作った方も参加されましたが、「作り方はもう忘れた!」とみなさん初心者?ということで講習会がスタートしました。ぞうさんは、糸を切らずに一本の糸で最後まで切らずに縫い上げます。ちょっとよそ見をすると玉留めをした途端に、糸を切ってしまいます。なので、「糸を切らないで!」と口癖のように叫んでいます(笑)それでもやはり、癖でしょうね、玉留めをした後にみなさん糸をよく切ってしまいます。
みなさんちくちく縫っていると、ぞうさんの立派なお鼻ができてきました

初心者_s.jpg

りっぱなお鼻_s.jpg

こちらも_s.jpg

あらら、ボランティアさんのお鼻は串刺し状態です。きれいなお鼻を目指して、ちょっと痛そうですね〜(笑)

串刺し状態_s.jpg

「これは孫さにける」(これは孫にあげる)、「なんだか頬ばっりになった」(なんだか頬がでっぱった)「お母さんに似るんですよ〜」と言うと、「だから私に似て太ってんるんだ」と大笑いです。

できてきた1_s.jpg

できてきた2_s.jpg

「次回までに忘れないで、練習しておいて下さいね」と言うと、「3歩歩いたら忘れるわ!」「一晩寝たら忘れる!」などなど・・・

みなさんめんこく(かわいく)できました。すると「糸を切るなだけ覚えたよ」「みんなに糸を切るな!だけなら教えられるわ〜」と大笑い。肝心な作り方は????最初はみなさん緊張していて、写真も撮られるのはいやと言っていましたが、最後にはみなさん笑顔でハイポーズ!!

完成1_s.jpg

完成2_s.jpg

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ボランティア_s.jpg

1年半が過ぎた被災地では、被災者の方々が先の見えない不安に、持って行き場のない怒りや憤りを感じます。少し雨が降ると被災地のあちらこちらで冠水したり、一度津波がかぶったところに、再建した家に規制がかかったり、立ち退きを求められたりしています。また、再建した人とそうでない人との関係性など、目に見えにくい課題がふつふつと出てきています。季節の変わり目で体調を崩されたり、仮設での生活であまり外に出ないで、足腰を悪くしている人もいます。これからもいろんな方たちが被災地とつながり、網の目のように被災者の方たちを支えて下さることをお願いします。

<まけないぞう一言メッセージ>
初めまして、いつもお世話になっています。ぞうさんを縫ってから6ヶ月くらいになりますが、みなさんと一緒に作るのは月1回です。疼痛のため仙台の病院に月の最終日に行くので、何かとわからない点もあります。みなさまと同じペースでは縫えませんので、よろしくお願いします。
(2012/09/18 女性 宮城県石巻市 61才女性)
posted by 被災地NGO恊働センター at 14:08| ニュース・情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月10日

【東日本大震災】レポートNo.187

8月19日から岩手県に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり 8月27日(月)
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今日は大船渡に行きました。山口仮設では、作り手さんのSさんと、練習中の方2人でぞうさん作りです。Sさんは、「たくさん作ってお世話になった人たちにプレゼントしたよ。幼稚園の保母さんたちにもプレゼントして、みんなに喜ばれて、楽しいよ〜ぞうさんは」と笑顔で話してくれます。
練習中のお母さんは「自分で覚えたいから人には聞かないよ、今日は畑を休んで来たよ」とこの間一人で練習していたそうです。「鼻と顔が難しい」と一生懸命針を動かしています。

かわいい_s.jpg

練習中_s.jpg

支援員さんに、街の再建についてお話を聞きました。海際の土地を7メートルかさ上げしようとして、再建した地元住民の反対があり、その計画は頓挫したそうです。
公営住宅も残っているが、そこに住んでいた人の入居が優先されるので、とても数が足りない。山を削って住宅を建てようとしているが、いま山の地権者との話し合いがされている。彼の住んでいた区画だけでも100件はあったので、町全体を考えると土地の確保も難しいなど、遅遅として町の再建は進んでいない様子で、その方もあきらめムードが漂っています。外へ目をやると、手つかずの空き地が広がっています。

午後には、後ノ入仮設へ伺いました。作り手さんが集まって今日はぞうさんの日です。お二人の方が体調を崩されていました。参加された人たちは、手作りのシソジュース、トマト、おつけもの、おこわなどなどたくさんのお茶請けなどを持ち寄り、お話をしながらちくちくぞうさんづくりに精が出ます。他の日には手芸教室をしていて、みなさん手仕事が大好きです。ぞうさんの手間賃をお支払いすると、臨時収入が入ったから「私は手芸の材料を買おう」、ある人は冗談交じりで「スナックあやに行こう(笑)」「ぞう御殿を建てよう」などなど、笑顔がこぼれます。些細な収入かもしれませんが、みなさんやりがい・生きがいを持って楽しくぞうさん作りをしてくれています。
posted by 被災地NGO恊働センター at 13:57| ニュース・情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする