2013年10月07日

映画「3.11ここに生きるーIN THE MOMENT」上映のご案内

「まけないぞう」が出演させて頂いている映画「3.11ここに生きるーIN THEMOMENT」我謝京子監督作品が神戸で上映されます。女性監督ならでは、福島、宮城、岩手、そして神戸の被災した女性にフォーカスをあて、生きることの意味を考えさせられたり、私たちに元気や勇気を与えてくれます。ぜひ、お近くの方はお越し下さい。

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神戸女学院大学 女性学インスティチュート主催 公開上映会
ドキュメンタリー映画「3.11ここに生きる−IN THE MOMENT」
 もう過去には戻れない。 だから、前を向いて 今を、生きていく。

監督:我謝京子
 2011年10月、東日本大震災で女性たちのドキュメンタリー映画「3.11ここに生きる」を完成。第24回東京国際女性映画祭でのワールドプレミア受賞。その後も取材を続け、2012年3月に第2弾を完成。既に日本各地、台湾、韓国、インド、カナダ、イタリア、フランス、アメリカ各地で上映会開催。「被災地に生きる女性たちの心に迫ったドキュメンタリー作品」として高い評価を得ている。

上映日時:2013年10月16日(水)
       16:40〜18:10 上映
       18:10〜19:00 我謝監督と本学学生による質疑応答
会 場  :神戸女学院大学 LAT-21
入場料  :無料・申込不要
お問合せ先:神戸女学院大学 女性学インスティチュート
        TEL:(0798)51-8545
        FAX:(0798)51-8527
        〒662-8505 西宮市岡田山4-1
        e-mail:wsi-o@mail.kobe-c.ac.jp
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2013年09月27日

「まけないぞう」号外!!!

まけないぞう関連のニュースをお届けします。

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「まけないぞう」号外!!!
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 先日、神戸にある王子動物園のインドゾウ「ズゼ」ちゃんが妊娠し、出産のために10月から千葉県市原市の動物園「市原ぞうの国」に移すことが発表されました。
詳細は、http://www.kobe-np.jp/news/shakai/201309/0006365103.shtml
 実はこの「ズゼ」ちゃんは「まけないぞう」と深〜い縁があるのです。「まけないぞう」が生まれたときに、ぞうさんをつなげて首飾りにして、「ズゼ」ちゃんの首にかけて宣伝してもらったのです。
 当センターの事務所にもその時の写真をポスターにして、飾ってあります。これは、「ズゼ」ちゃんが育ってきた18年間に渡って、私たちのことを見守ってくれています。
 
ズゼちゃん_s.jpg

またこの時には、当時いた国内最長寿の諏訪子と代表の村井が記念撮影を行いました。諏訪子は残念ながら、2008年4月に亡くなりました。この諏訪子も人々にたくさんの笑顔をもたらしました。

諏訪子と村井.jpg

 当時の「ズゼ」ちゃんは、4歳でラトビア共和国から阪神・淡路の被災者を励ますために、被災地へ届けられたのです。その翌年97年に「まけないぞう」が生まれ、王子動物公園で「まけないぞう」や「一本のタオル運動」で寄せられた全国からのメッセージの展示会を開催しました。あれから「ズゼ」ちゃんは23歳、「まけないぞう」は16歳で、二人とも大きくなりました。これからもみなさんに笑顔を届けてほしいです。
 そんなご縁のある、「ズゼ」ちゃんの朗報に懐かしく想いながら、心が弾みます。かわいい赤ちゃんに出会えることを楽しみにしています。ぜひお近くにお住まいの方は「ズゼ」ちゃんに会いに行って見てください。

ズゼちゃん2.jpg
posted by 被災地NGO恊働センター at 16:45| ニュース・情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月16日

【東日本大震災】レポートNo.223

6月から7月にかけて、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり 7月8日
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 高田の仮設では、毎月一回遠野のふきのとうの会のみなさんとつるしびな講習にいきました。この日はたくさんのトラックが町を行き来し、まるで阪神・淡路大震災のときにガレキを積んだトラックが数珠つなぎのように走っていたのを思い起こすような映像でした。
 津波がきた地域は公園にしたり、住宅を建てるために、かさ上げをしていました。トラックが並んで土を大量に積んでいます。その高さはビルの5階6階くらいでしょうか?下から見上げるととても高く感じます。それでも土が慣れるまでには数年かかります。

トラック_s.jpg

トラック高台_s.jpg

 山に目をうつすと、土が大量に削られ、盛り土に使うのか、高台移転のための整備なのか、雨が降った時は心配になるほどに山が削られています。なんだか山がかわいそうな感じですが。。。高台移転のために造成しているところも見受けられます。公共工事のラッシュですね。果たしてこれでいいのだろうか??このような風景には被災者不在のような気がします。

山々_s.jpg

高台移転_s.jpg

 ある被災者の方が、娘や孫が津波の恐怖から逃げるために東京に避難したそうです。「津波から子どもたちは夜泣きをしたり、夜急にからだが冷たくなって、恐怖に怯え何もできずに見守るだけ。。。東京に避難したら、何の支援も受けられない」と2年以上が過ぎた被災者は取り残されています。

仮設からの風景_s.jpg

 仮設につくと、みなさん待っていてくれて、つるしびなづくりがスタートです。夏ということもあり、蝉を作りました。

ちくちく_s.jpg

楽しい_s.jpg

 みんなでおしゃべりしながら手を動かしていると、楽しくて自然に笑みがこぼれます。
こんな笑顔をみているとこちらが癒されます。

みんな笑顔_s.jpg

だんだん蝉の体ができてきました。

完成_s.jpg

なんだか蝉の音が聞こえてきそうです。

仮設の周りには、夏野菜や色とりどりの花が植えられています。

IMG_7986_s.jpg

お花_s.jpg

ゆり_s.jpg
 
<まけないぞうの一言メッセージ>
 まけないぞうさん作りを始めて当初はすごく難しかったですが、今は楽しんで作っています。作るたびに表情が違うので、楽しみに作っています。
(2013/05/29 62歳 女性 千葉県旭市)
posted by 被災地NGO恊働センター at 15:07| ニュース・情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月23日

【東日本大震災】レポートNo.213

4月から5月にかけて、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり
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 陸前高田市にお邪魔したときに、仮設で結婚式があるということで、ちょっと興味津々でした。仮設の玄関には紅白の垂れ幕がかかり、住民の人たちがわさわさと外へ出てきていました。昔からこの地域は、お嫁さんが町を練り歩きながら、お婿さんの家にいくという習慣が残っているそうです。地域でお祝いするなんてとても素敵です。
ただ、この日は残念ながらお嫁さんは来られず、ご両親がご挨拶に来るということでお嫁さんは拝見できませんでした(残念)
ぞうさんを受け取りながら、作り手さんは「ひとつずつ顔が違うのよね〜ほんと不思議よね〜」と大事そうに箱に詰めてくれました。

仮設の垂れ幕_s.jpg

2件目は、ボランティアさんと一緒にぞうさんづくりです。ちょっとどきどきしながら手ほどきを受けています。チクチクチクチク、なんだか親子のように楽しそうにぞうさんが出来ていきます。思わずこちらも自然と笑みがこぼれます。

スタート_s.jpg

出来てきた_s.jpg

目がついた_s.jpg

どれどれ_s.jpg

できました_s.jpg

教えてくれた作り手さんは、最近目の調子が悪くぞうさんを休みがちでした。今日は材料を持っていったのですが、「休みたいから材料を持って帰って欲しい」と言われました。彼女に出会った時、「仮設に入って落ち着いた頃、ボランティアの方々が県外などからも来て、がんばっているのに、自分は歴史も財産も失ったというむなしさで「うつ」になっていた。でも私でも何か役に立つことがないのか?昔人形を作っていたなつかしさで、このぞうさんを教わった。今はぞうさんを作ることが自分も生きようという心をかきたててくれた」と前向きに生活を送れるようになっていました。
けれど、2年を過ぎたいま、まだ仮設で暮らし、家の見通しはつかず、町は広大な更地のまま明日への希望が見えてこない。彼女はポツリポツリとつぶやきます。「このままここにいてもどうなるかわからないし、どうしていいかわからない。あの時(3.11)に逝ってしまえばよかった」と。その言葉が私の胸に刺さりました。「そんなこと言わないで」と言いましたが、自分の中ではその言葉が軽いように思え、納得のいく言葉ではありませんでした。彼女が言った「歴史も財産も失った」という言葉。どれだけの悲しみ・辛さが彼女の心の中にあるんだろう・・・いまの彼女には「まけないぞう」も無力でした。
そのまま材料を持って帰りました。「また来るからね」と。。。

そして、2〜3日後彼女から電話があり、「やっぱり何もしないのも寂しいから、ぞうさんの材料ちょうだい」と。ホッとしたのと複雑な気持ちとが入り交じっていました。そんな一進一退の揺れる不安な気持ちを持っている被災者の人たちがたくさんいるのです。現地ではボランティアも撤退し、減少しています。少しでも被災者の苦しい胸の内を吐露することができれば、いくらかでも気持ちが楽になるのです。兵庫県の心のケアセンターの所長加藤先生が精神的なダメージを受けた人でも7割が自分で直すことができる、あとの3割が専門的ケアが必要なんだとおっしゃっています。
今日、最初にボランティアとぞうさんを作っていた彼女の姿は本当にとても楽しそうでした。少しでも多くそんな時間を持つことができれば、不安や悲しみが一瞬でも忘れられるのでしょう。ある仮設のおばあちゃんは「集会所に一日来れば元気などをもらって、4日いのちをつなぐことができる」と話していたそうです。

IMG_7307_s.jpg

<まけないぞうの一言メッセージ>
自分で作ったまけないぞうを国内や外国の皆さんが喜んで眺めて下さってありがとう!!私もまけないぞうで心がいやされ2年が経ちました。これからも頑張ってまけないぞうを作っていきたいと思います。
(2013/5/7 女性 岩手県釜石市 )
posted by 被災地NGO恊働センター at 10:52| ニュース・情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月26日

【東日本大震災】レポートNo.203

2月4日から再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり2月5日
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今年は当センターとともに歩んできた海外の災害救援をしているCODE(海外災害援助市民センター)が10周年を迎えました。そして、今月2日に神戸でシンポジウムを開催し、これまで活動している海外の被災地よりゲストを招聘しました。アフガニスタン、中国の四川省、ハイチの3ヶ国から来て頂いて、東北の被災地を回りました。
岩手入りした日は、晴天に望まれたのですが、夕べのうちに降り積もった雪が、カチコチになり、道路はアイスバーンでスケートリンク状態でした。気温が低いので、雪はパウダースノウで風に舞い、まるでブリザードのようでした。気仙沼から移動してきたCODEのみなさんも途中で車がスリップした事故に遭遇し、到着が遅れるアクシデントもありましたが、無事に釜石の仮設住宅に到着しました。

吹雪_s.jpg

つるつる_s.jpg

釜石の仮設住宅では、自治会長のご夫妻に津波のときのお話や現在の復興状況についてお聞きしました。お二人には、お孫さんがいて、当時、海のすぐ近くにあった釜石の鵜住居小学校に通っていました。お二人はこれまでの三陸地方の津波の経験から、お子さんたちや家族に「地震があったら、すぐに高台に逃げなさい」と常日頃言い聞かせていました。
鵜住居小学校の生徒は隣にある、釜石東中学校の生徒たちと地震後すぐに走って高台に逃げて無事でした。この東中学校の生徒は、群馬大学の片田先生が防災教育として、生徒達へ「地震がきたら、ともかく高台に逃げないさい」ということを教え続け、「想定などと言われているが、それを信じないでとにかく高台に逃げなさい」などということを言い続けたのです。そして、中学生の生徒は、小学生と手をつなぎながら、高台まで避難したのです。今回の津波は想定を遙かに超えた大きな災害になりました。自然の驚異を前に、私たち人間の力なんて、非力だということをまざまざと教えられました。
自治会長のお二人や、片田先生のように、次世代を担う子どもたちへ命を守る最善の方法を言い伝えていくしかないのでしょう。海外ゲストも熱心に耳を傾けていました。

釜石_s.jpg

鵜住居小学校_s.jpg

東中学校_s.jpg

午後からは、大槌町の吉里吉里の仮設を訪問しました。ここでは、作り手さんが、海外のゲストに「まけないぞう」づくりを教えてくれました。アフガニスタンからのラフマンさんは、手芸の道具に興味津々で針通しをみて、「これは何だ??」と、使い方を見せると、「Good」と言いながら感激していました。指ぬきは、アフガニスタンにもあるそうです。なかなか手先も器用で、スイスイと針を進めていきます。

アフガニスタン_s.jpg

中国、四川省からのお医者さんでもある彭さんは、2度目の訪問ということもあって、仮設の住民の方と和気あいあいとお話をしながら、慣れた手つきで針を運んでいました。

四川省_s.jpg

ハイチから来た、レフェルブさんは、お話を聞くときもとても熱心で、ノートにずっと聞いた内容を書き留めていました。そして、ぞうさんづくりもとても慎重にすすめていました。

ハイチ_s.jpg

なんとかできました

ラフマン_s.jpg

そして、最後に仮設のお部屋を訪問させて頂きました。その時に、貧困の厳しいアフガニスタンのラフマンさんが「あなたはこの国に生まれてラッキーだと。こんなふうに支援をしてもらって、どうぞこれからも元気で過ごして下さい」と被災者の方に言葉をかけてくれました。現在の被災地の状況に、満足いくことはとうていありませんが、アフガニスタンやハイチのような貧困が厳しい国では、日本の状況はよく見えてしまうのですね。また中国でも被災地の復興に政府が素早く対応したものの、住民の思うような復興ではなかったようで、複雑な気持ちを吐露していました。
改めて、海外の被災地の方のお話を聞くと、日本の状況が客観的に見えてきます。それぞれ、文化や習慣、おかれている状況は違いますが、言葉が通じなくて、被災者同士の心の交流は確実に図れ、今後お互いに支え合いの輪が広がっていくことを確信しました。

集合写真_s.jpg
posted by 被災地NGO恊働センター at 16:29| ニュース・情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする