2019年03月02日

【東日本大震災】レポートNo.292

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  2月27日、28日
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 まもなく3月11日を迎える東日本大震災の被災地岩手県にやってきました。残り少なくなった仮設や再建した真新しい住居や店舗の間をトラックや重機が行き交います。山を切り崩した大きな道路と海を埋め立てた壁のような防潮堤が広がっています。
 そんな中、毎年恒例の遠野のふきのとうの会の「第11回 松崎ひなまつり〜共に歩む ふるさと創生」に行ってきました。27日は陸前高田市のみなさんと、28日には釜石市のみなさん、3月1日には大船渡のみなさんと伺いました。

つるしびな_R.JPG

松野さん_R.JPG

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 陸前高田市から22人のたくさんの人が来てくれました。震災の年の7月にできたばかりの仮設を訪ね、まだ集会所のない中、テントと長机を運び込み暑い最中にまけないぞうづくりをしたことを昨日のことのように思い出します。ふきのとうの会のメンバーが一軒一軒仮設を回り声かけをし、集まってもらいました。そこでは、「あんた、どごにいたの?生きでだの?」と涙ながらに半年経ってやっと安否確認ができていました。無事を確認し合うなか、家族を失ったという辛い現実もそこにはありました。その現実を受け入れられないまま、まけないぞうを作っていた人もいました。「なぜ、私は仮設でぞうを作っているの?」と言われたときには、何も応えられませんでした。「ただ、そばにいる」ということが辛く、無力感に襲われました。「本当はまけないぞうなんてないほうがいいんだよな〜」、「まけないぞうがあるということは災害が起きてしまったということで、災害がなければ・・・」と、活動をしながらこの災害が夢でありますようにと何度思ったことか。

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 避難所から仮設、そして復興住宅へと、いまふきのとうの会の人たちはまけないぞうが繋いだ縁をつるしびなに変え、この8年間の間交流をつづけています。代表の菊池加代子さんは「もう被災者と支援者ではなく、友達です」と取材に応えていました。

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集合写真_R.JPG
 あの当時、遠野からもなかなか被災地に行けない人もいる中で、菊池さんは大船渡で活動する外国からきたボランティアの人が一生懸命道路の側溝を掃除しているのを見て心打たれたそうです。「もっともっと地元の人がボランティアをしてくれたら」と・・・。

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 「財産もすべて失ったけれど、こうしてたくさんの人とつながることができて、財産を頂いたこれは本当に宝物だ」と話していた被災者の言葉が印象的でした。

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posted by 被災地NGO恊働センター at 13:32| ニュース・情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月15日

【東日本大震災】レポートNo.291

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  12月13日 
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 今日は大槌町吉里吉里へ。避難所からずっと作り続けている作り手さんに会いに行きました。「ぞうさんないとだめ〜」と言って、まけないぞうが大好きです。最近はちょっと体調を崩していてまけないぞうづくりはお休みしていますが、「ぞうさん、作りたい」と意欲満々です。お父さんとはいつも仲良しで、一緒にお散歩にも行っているそうです。今日はお父さん手作りの鮭の白子のお汁を頂きました!とっても美味しかったです。

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 そして、釜石へ。寒い冬に迎えてくれたのは、お部屋いっぱいの植物と作り手さんのとびきりの笑顔です。彼女がまけないぞうに寄せてくれたメッセージです。
 「まけないぞうさんに出会って5年余りになります。あの大震災から7年も過ぎ、その後も世界中のどこかでさまざまな自然災害が発生しています。その度にあの災害時に皆さんから支援して頂いた有りがたさが身にしみていて、今の私に何ができるか考えさせられました。やはり、みなさんに笑顔を届けられるまけないぞうさんです。増島さんやスタッフのみなさんにお世話になり、今まで続けてきました。これからも続
けたいと思いますので、よろしくお願いいたします。」
 この間、水害の支援でだいぶご無沙汰していたのですが、ずっとこんなにまけないぞうを思ってくれていたことに、心から感謝します。


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posted by 被災地NGO恊働センター at 09:07| ニュース・情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月13日

【東日本大震災】レポートNo.290

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  12月11日 
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 12月11日は震災から7年9ケ月が経ちました。11日付の東海新報では「東日本大震災の被災者が入居する岩手県内の災害公営住宅で、今年の孤独死件数が10月31日現在で過去最多の15件に上っていることが分かった。」と伝えていました。年々災害復興住宅での孤独死が増えているそうです。環境の変化による孤立化などが原因のようです。今後もコミュニティづくりや生きがいづくりなど丁寧な支援が必要です。

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まけないぞうの回収では、いつもお世話になっている釜石市の不動寺さんから支援物資をお預かりし、作り手さんにお届けしています。「7年も経ってこうして来てもらえてありがたいね」「まだ、こうやって物資をくれる人があるの??」などの声を聞きます。
Makenaizoneのみなさんからのお手紙をお届けすると「まだ、ぞうさんがあちこちに飛び立ってるんだ」「まだ、こうやってぞうさん買ってくれてるんだね」など、みなさんとても感謝してくれます。被災者の人たちを忘れていない気持ちを受け止めてくれています。

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12月11日の月命日はその不動寺の森脇妙紀住職補佐が、当時津波で40名の職員が犠牲になった大槌町役場で祈りを捧げました。私もまけないぞうの作り手さんとともに、祈りを捧げました。大槌町役場は解体を予定されています。

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毎日新聞(2018/12/12)には役場で犠牲になった遺族のコメントが紹介されています。「吉子さんは旧庁舎を残すことが『大槌の子どもたちの命を守る』ことにつながる。それが娘の意思と改めて思った。人志さんは『町長は娘をはじめ部下や同僚が亡くなって津波の高さが一目でわかる、旧庁舎の時計台だけでも残そうと思わないのか』と憤った。」と述べています。また「解体前に役場職員だった娘の死亡状況を検証し尽してほしい。何より『町長自身が真実に向き合ってほしい』と要望した。」と伝えています。そして、「両親は『さまざまな思いを持つ遺族同士、ゆっくり話し合う機会を持ちたい』と自宅の電話番号(0193-28-1666)を公表して、遺族からの連絡を待つ」とも伝えています。被災地でも多くの震災遺構が取り壊されていく中で、保存してほしいという声も聞こえてきます。遺構を残す残さないの二者択一ではなく、このご両親が言うように「真実に向き合ってほしい」ということがとても大切だと思います。

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阪神・淡路大震災では、神戸の街中にはその遺構はほとんどありません。もしもっと遺構があれば、震災の教訓を伝え、犠牲になるいのちを減らせることもできたかもしれません。広島の原爆ドームように次世代の子どもたちのいのちを守るためにも残し続けていきたいと私は思います。

まけないぞうの作り手さんも一緒にお参りができてよかったとおっしゃってくれました。
その場に来ていた遺族の方で、当時避難所のリーダーをしていた方が、「私たちの避難所でもまけないぞうを作っていましたよ」と話してくれました。なんだかこれもご縁だと感慨深い月命日を過ごしました。

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posted by 被災地NGO恊働センター at 11:00| ニュース・情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月11日

【東日本大震災】レポートNo.289

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  
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 陸前高田市でもうっすら雪模様なり、とっても寒い朝が続いています。澄み切った空気はすっきり気持ちいいです。夜は静寂に包まれ星空が広がり、自然を身近に感じることができます。沿岸では三陸道路が少しずつ開通し、高田から釜石まで今まで工事中だった道路が開通していました。

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釜石市の尾崎白浜の作り手さんにも会いに行きました。お二人とも変わらずとてもお元気でした。浜でとれた美味しいカキでカキフライとお父さんが捕ってきたアワビでアワビごはん、赤かぶのおつけもん、お煮しめなど故郷の味がテーブル狭しと並べられました。久しぶりのおふくろの味についつい食べ過ぎてしまいます。

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津波の後に大の仲良しになったお二人は、いまでもずっとまけないぞうを作ってくれています。仮設の時にテレビでまけないぞうを見て、問い合わせてくれたのです。仮設ではお隣同士で、おかずを分け合い、お茶っこしたり、Hさんは「おまえさんたちに、支えられているよ」と、都会では忘れがちの近所づきあいで、うらやましくもなりました。
 ここでもmakenaizoneのお手紙をお届けすると、「私はね、これをちゃんとファイルにしているんだよ」と、嬉しそうに自宅に持って帰ってくれます。

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 ネパールからの帽子もお届けしました。編み方をじっとみつめ、「すごいね〜、これは細かいよ」「よっし、私も今度はこうしよう」など、お二人とも研究熱心です。東北のみなさんは本当に器用で、なんでも自分たちで作ります。私も見習わなければ!

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似合いますか?_s.JPG

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posted by 被災地NGO恊働センター at 09:49| ニュース・情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月09日

【東日本大震災】レポートNo.288

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  
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 今朝は快晴でキリっとした冷たい空気が流れ気持ちも引き締まります。今日は、大船渡市の綾里地区に伺いました。道中の海岸沿いは、また新たな防潮堤が建設され、いままで見えていた海が見えなくなっている箇所がたくさんありました。要塞に囲まれた住民さんはいまどんな気持ちなのでしょうか??

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本当に久しぶりに綾里のぞうさんチームに会うと、いきなり「死んでたかと思った!!」「誰か連れてくるかと思った??」などいつもの挨拶に加えて、直球ストレートのご挨拶から始まりました(汗)みなさんとても元気で、パワーアップしているような感じでした。

作り手さん:「ぶりをもらったから昨日からぶり大根煮てたのよ〜」と。「一日間違えて今朝慌てて煮たのよ〜」と。
朝起きたらお父さんが「今日、うさぎが来るんじゃないのか?」
作り手さん:「えー一日違うでしょ??」
お父さん:「新聞見てみろ!」
作り手さん「あーほんとだ!今日は土曜日だった。お父さんうさぎじゃないよ!ぞうさんだよ」と。
お父さん:「大根煮てたのか??」
作り手さん:「うん、昨日から煮てたよ。」と。「こうだから、今日のぶり大根はお父さんと二人で煮たのよ」と。

こんなやりとりの末、美味しいぶり大根を頂きました。ごちそうさまでした。二人の愛情たっぷりのぶり大根は最高に美味しかったです。

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そして、恒例のmakenaizoneのみなさんから頂いた世界各地から届いたお手紙をお届けました。

「あや〜こんな外国さ、ぞうさん行ってるの??」、「あ〜この人いつも写っているね」、「この人外国の人??」、「すごいね〜、あんたも外国さ、行ったの???」、「わぁ、この子目がクリっとしてかわいいね」ととてもうれしそうにお手紙を見てくれました。

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いまは、笑顔で冗談も言えますが、お嫁さんを津波で亡くした人、新築して4年で津波に自宅を流された人、泣く泣く家を解体し、子どもたちには戻る実家を守れなくて辛かったと話し、今でも自宅の夢をみるよと話してくれました。

言葉には言い表せないくらい辛い想いをみなさんされていますが、まけないぞうが被災者のみなさんの一助となり、7年が過ぎた今でもまけないぞうを作ってくれています。
 「来年の2月で90歳になるよ。」「まだ、ぞうさんつくっていいの?」と。不安もありつつ、嬉しそうに材料のタオルをみなさん持ち帰ってくれました。また数か月後かわいいぞうさんが生まれます。

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posted by 被災地NGO恊働センター at 10:59| ニュース・情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする