2016年08月16日

【東日本大震災】レポートNo.270

被災地NGO協働センターです。
あれから5年4ヶ月、岩手県の被災地に入った増島のレポートをお届けします。
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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  
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 東北も梅雨明けです。梅雨の肌寒さが嘘のように、夏の暑い日差しが照り付けています。
それでも、東北の夏は涼しく風は爽やかです。緑が深く、青い空、夕焼け、星空と何度来ても自然の豊かさを感じさせてくれます。こんな自然をいつまでも大切にしたいものですね。

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 久しぶりに伺った作り手さんは1ヶ月前に仮設から災害復興住宅に引っ越しをされていました。海辺から山奥に仮設が建てられ、「奥に引っ込んでたの」とみなさんに話しながら、部屋のドアはガラス張りで明るく、開放感があり、海風が心地よく通っていきます。

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お部屋_s.JPG

作り手さんも「ここはいいのよ〜、風が仮設とは違うのでしょ??涼しいのよ。ここはお友だちもたくさんいるし、お寺さんも近くて、窓から見えるのよ。だから毎朝、お寺の鐘とともにお部屋から手を合わせるの。」と仮設にいた頃より、とても明るく笑顔が素敵でした。「毎日お友だちとお茶のみしながら、おしゃべりして、忙しいのよ〜。」と本当にうれしそうに話してくれます。
 住み慣れた場所に戻るというのは、これほどまでに人を変えるということを目の当たりにしました。

 そして、近くに住むお友だちが「ぜひ、まけないぞうを作りたい」ということで、久しぶりにぞうさん講習会です。ふと思い出したのが、この災害復興住宅が建った場所は、震災の時、避難所になっていた体育館だったところなのです。
 また、そこで偶然にもまけないぞうの講習ができるなんて、とてもうれしいような懐かしいような気がしました。当時はこんな様子でした。ロイター通信記者の我謝京子さんがmakenaizoneの主宰青木先生と取材に来てくれたところです。

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 「そうだね〜懐かしいね〜」と話を弾ませながらチクチクとぞうさんが出来上がっていきます。

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それぞれの復興への道を歩みつつあります。
posted by 被災地NGO恊働センター at 17:49| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月02日

【東日本大震災】レポートNo.269

被災地NGO協働センターです。
あれから5年4ヶ月、岩手県の被災地に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  
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 久しぶりの作り手さんとの再会はとても嬉しいものです。みなさんにご支援頂きました“まけないぞう号2代目”が緑の中を走り抜け、作り手さんのところへお伺いしました。これもひとえに「まけないぞう」を応援してくださるみなさまのお陰です。ありがとうございました。作り手さんにそのことをお伝えすると「え〜ほんとに??私も寄付しようか??」とうれしい言葉を頂きました。そんな風にみなさんが「まけないぞう」のことを想って下さっていて本当に「まけないぞう」は幸せものです。あらためてお礼を申し上げます。
そして、makenaizoneのみなさんが届けてくれたぞうさんのお手紙を作り手さんにお渡ししました。「わぁうれしいね〜」「私のぞうさんはどこの国へ行くんだろうね」「ぞうさん活躍してるね」ととても喜んでくれました。

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 さて5年が過ぎ、やっと仮設を出て新たな暮らしがはじまった人もいます。「私はやっと先が見えてきて、これからはよくなる一方です。だから、熊本の人のことを考えるとこれから大変だろうから、私はそろそろ卒業して、今度は熊本の人に必要な人がいればぞうさんをしてもらいたい。私も仮設に来た時は、知らない人ばかり、コミュニティが大変だった。それで一人になって部屋にこもりたいこともありました。そんな時に部屋のなかで何もしないでぽーっとしているより、まけないぞうがあってとても助けられました。」と言ってくれました。なんだか寂しいような、うれしいような気持ちが入り混じりました。

 5年という月日がさまざまな変化を生み出しています。再建をできた人、まだ造成が終わらず2〜3年はかかる人など、それぞれ立場違います。「私は、ここで(仮設)最後までがんばる」という人もいます。
 8月1日には岩手県最大の災害復興住宅への入居が陸前高田市で開始されました。それは「県営栃ヶ沢アパート」です。9階建てと8階建ての2棟301戸が整備されました。河北新報(2016/8/1)によると、「だが、持ち家が中心の市民に高層集合住宅はなじみが薄く、新たなコミュニティづくりや防災対策が課題となっている。アパートは高台の市役所仮庁舎近くに立地する。県大船渡土木センターによると、現段階の入居見込みは206世帯。このうち、一人暮らし高齢者は24.8%に及ぶ」と伝えられています。

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 こうして、まもなく5年と4ヶ月が過ぎようとしていますが、被災者のみなさまはそれぞれの復興への道を歩みつつあります。これからも末永く見守り続けてください。
posted by 被災地NGO恊働センター at 17:38| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月25日

【東日本大震災】レポートNo.268

あれから5年4ヶ月、岩手県の被災地に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  7月22日
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今年の「3.11」で、丸5年が経ち6年目を迎えました。それから4ヶ月ぶりの岩手入りです。その間に熊本地震が発生し、少し遅れてやっと岩手に来ることができました。こちらは、田んぼが青々とし、山の緑は深く、清々しい風が降り注いでいます。

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 恒例となった第6回目となる盛岡市にある百貨店川徳での「岩手発 手しごと絆フェア」が7月21日(木)〜26日(火)まで開催しています。宣伝の効果もあり、初日、二日目とこれまでの最高の売り上げとなり、作り手さんの笑顔が目に浮かびます。そして、販売には毎年お手伝いに来て下さる盛岡情報ビジネス専門学校の学生さんが大活躍です。みなさん熱心に販売活動をしてくれます。これも会場をお貸し頂いている株式カワトクのみなさんや東京大学被災地支援ネットワークのみなさんのお陰だと心から感謝致します。

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お客さんの中には沿岸に住んでいた被災者の方も多くいます。
「私も釜石の避難所にいたの。みんなぞうさん作っていたけど、作り方を覚えないうちに出ちゃったの。。。」という方がいました。いまではその避難所の跡地に復興住宅が建ち、なんとその住宅には同じ避難所にいて、まけないぞうづくりをしていた人が、1ヶ月前に仮設から引っ越し、そこでまけないぞう作りを続けているのです。これも何かのご縁でしょうか??

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 他にもたくさんの方が来てくださり、たくさんのまけないぞうがお引越ししました。
「大槌で妹が流された。高田にも、大船渡にも知り合いがいる」
「タイでまけないぞう売っていたよ」
「去年も買って真っ黒になっちゃったから、また買っていこう」
「孫に買って行こう」
「顔が違うから迷っちゃう」
「お友だちにプレゼントするから、説明書ください!!」

 明日は最終日です。お近くの方はぜひご来場ください。お待ちしております!
posted by 被災地NGO恊働センター at 15:10| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月20日

【東日本大震災】レポートNo.267

あれから5年目、岩手県の被災地に入った増島のレポートをお届けします。
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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり 3月14日
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 被災地では3.11前後はみなさん心が揺れています。もうすでに5年が経過し、被災地の様子は様変わりしています。盛り土が進み、道路がこれまでとは違ったり、行くたびに昔の面影はなくなり、思い出すことも難しいようなまちづくりの整備が行われています。果たしてこれでいいのでしょうか??

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 そんな中で、3.11が間近になると子どもたちの心も揺れます。あの小さな体であんな大きな津波のことをどう受け止めればいいのでしょうか?東京に避難した子どもたちは、3.11が近づくと津波の夢を毎日みるようになるそうです。東京では津波の話もあまりないし、痛みの共有ができないようです。3月11日だけは学校を休んで、家族と祈りの日にしたいと訴えている子もいます。でも3月11日まで気持ちが持たずに、ほぼそれまでの一週間学校を休んだそうです。
 また、当時小学生の孫と津波の後に再会し、無事を確認した後で、その子をその場に残して別の場所へ移動したという人がいました。もちろんそれはやむをえずとった行動でした。けれど、その子は「なんで置いて行かれたのだろう?」とずっと気にしていて、数年後やっとそのことをおじいちゃんに確認し、二人は夜枕を並べながら朝まで当日のことを語り合ったそうです。

 こうして、県外で避難生活をしている子どもたちも心にたくさんの傷を残しながら、生活しています。そして、「3.11」のその日が来るたびにあの日と向き合い、一日、一年心に折り合いをつけていくのでしょう。私たちにできることは、そっと見守るしかできません。被災地にはそんな子どもたちがたくさんいます。子どもに対する心のケアは長期的に必要です。「阪神・淡路大震災では3〜4年後にピークを迎えたとの指摘もある。心に深い傷を残すトラウマを放置しておくと症状が悪化し長期的なうつやひきこもりにつながるケースもある」(毎日新聞2016/3/13)と指摘しています。子どもたちが思いっきり外を駆け回り、遊ぶことができるのはいつになるのでしょう。。。。
 
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posted by 被災地NGO恊働センター at 09:04| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月14日

東日本大震災】レポートNo.266

あれから5年目、岩手県の被災地に入った増島のレポートをお届けします。
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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり 3月13日
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 いつものようにまけないぞうの回収に行くと、たわいのない話に花が咲きます。ある作り手さんは毎日「こうして今日も一日無事に過ごせた」と感謝の気持ちを込めてお祈りするそうです。そんな話をしているうちに、「あの時は本当に地獄だった。この5年間ぞうさんがなかったら、どうしていたかな。ぞうさんに癒されてここまで5年間やってきたのよ。津波のお陰とは言えないけれど、それでみなさんとこうして出会えたことは感謝しています。」と涙ながらに話してくれました。彼女に最初に会ったのは、震災の年の5月頃で「お父さん(旦那さん)は津波で流されたけれど、うちはまだましよ。すぐに遺体も見つかったし、まだ見つかっていない人もいるから」という言葉を聞いたのが衝撃でした。息子さんも流されているのですが、いまだにまだ息子さんのお話は本人の口から聴いていません。
どんな気持ちでこの5年間過ごしてきたのかと思うと私も涙がこぼれました。

 そして、今年やっとこの5月に復興住宅が完成し、仮設から引っ越す予定です。彼女は仮設で仲の良い3人のぞうさんチームの一人でしたが、他のみなさんが先に自力再建や復興住宅に移ってしまい、不安な日々もありました。1年前に彼女が話してくれたつぶやきです。当時のレポートを一部抜粋して紹介させて頂きます。
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「私、最近鬱かしらと思うの…」と涙をこぼしながら話し出しました。「全て失い、忘れることは絶対できないけれど、こんな辛いことがあったお陰でみなさんにこうして出会い、ぞうさんも作ることができたのよ。過去は変わらないから、前を向いて歩くしかない」と心の底から振り絞って言葉を発していました。取り残されていく孤独感、寂しさをこう話すことで、何とかぎりぎりのところで踏ん張って、いまを生きているように感じてなりませんでした。
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 また、別の作り手さんも高台の造成が今年の夏頃には終わる予定で、来年のお正月には新居で過ごせる予定だそうです。彼女は「孫3人で川の字になって寝るのが夢」と話してくれました。仮設の狭い部屋ではそれがかなわず、孫たちが帰るときにいつも泣くそうです。それが辛くて辛くて5年間も我慢してきたそうです。
一年前の彼女のつぶやきです。
「あの日から4年、復興も思うように進まず、家族が思いもよらない病気をし、気持ちがしずみがちになり、なにもしない日が続いた時、自分がしっかりしないとと思い、ためしにぞうさんを作ってみました。一つまた一つ、そのたびに気持ちが楽になり、がんばれそうな気がしました。本当まけないぞうさんありがとう!」

そして5年経ったいま彼女は「やっと希望が出てきた。故郷に帰るって決めたから、あとは前だけ向いていくしかない」と。その言葉に覚悟を感じました。
「家ができたら、お茶のみでもしましょう」という彼女の希望に満ちた笑顔が晴れ晴れしくもありました。

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 厳しい冬を乗り越え、少しずつ被災者の方たちにも春の足跡が聞こえています。
posted by 被災地NGO恊働センター at 09:36| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする