2015年03月08日

【東日本大震災】レポートNo.252

被災地NGO協働センターです。
2月に、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり 3月6日つるしびな  
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 約2ヶ月半ぶり遠野を訪れました。遠野の街はちょうどつるしびなのシーズンでした。「まけないぞう」チームの「ふきのとうの会」のメンバーが例年のようにつるしびなを所狭しと飾っています。圧巻は遠野の獅子踊りをまるでひな壇のように飾ったものでした。来る人来る人目を奪われていました。大船渡の後ノ入仮設からもぞうさんの作り手さんが
見学に来てくれました。

獅子踊り_s.jpg

後ノ入_s.jpg

箱崎_s.jpg

今年のテーマは「親から子・孫へ」でした。震災から20年を迎えた神戸でも語り継ぐ、継承というのがテーマでした。親から子、孫へと時代は移り変わり、その中で伝え残していくもの、文化や習慣、教訓など多くのことが次の時代へ受け継がれることを願ってやみません。

つるしびな_s.jpg

 そして、沿岸の被災地に足を伸ばすと、街はかさ上げ工事が進み、来る度に道が変わっています。山は無残にも地肌が剥き出しとなり、山津波を恐れる被災者の人も少なくありません。

土盛り_s.jpg

 作り手さんのところに久しぶりに訪れると、お店は床屋さんでその横に自力再建の自宅を建設中で間もなく完成の予定で、とてもうれしそうでした。ぞうさんの材料も久しぶりの到着で心待ちにしていたようで、こちらも喜んで頂けました。

自力再建_s.jpg

 一方で、いまだ不自由な仮設住宅などの避難生活を送る人は、約23万人いらっしゃいます。まちづくりなどの会議の度に工期が伸びる人、仮設の集約に伴う先の見えない不安が被災地に広がっています。阪神・淡路大震災では震災から5年を前に仮設住宅が解消されましたが、東日本では、いまだ8万1730人が主にプレハブの応急仮設住宅に暮らしています。仮設住宅でも空き家が目立ち始め、やっとつながったコミュニティがなくなり、孤独や不安が被災者の人たちの心を襲っています。
 「まけないぞう」の作り手さんも、「集約のことが心配。仮設から仮設への引っ越しはしたくない。最後までここにいたい(自力再建するまで)。別のところへ行ったら知らない人ばかりで困る。いつまでいまの仮設にいていいかはっきり先を示して欲しい。でないと落ち着かない。仮設から出ていく人は、ルンルンだけど、残された方としてはね・・・」とため息まじりにつぶやきます。
 このように被災者の人たちは避難所から仮設、復興住宅など何度も何度もコミュニティを構築し直さなければなりません。阪神・淡路の経験から、避難所から直接恒久住宅へ移行できるように提言してきてはいるものの、行政にはその声が届いていないようです。こうして、コミュニティが変わるごとに、不安や心配、取り残され感など被災者のストレスが増大し、健康悪化を招くことが心配です。
posted by 被災地NGO恊働センター at 16:48| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月04日

【東日本大震災】レポートNo.251

再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  11月広島法要報告
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 先日10月7日、広島の土砂災害に見舞われた被災地で超宗派による49日法要が
執り行われました。そこで当センターもお声掛け頂きました。その会場に東北の
被災地から送られた「まけないぞう」を奉納させて頂き、作り手さんが作成した
ロウソクが灯されました。8月20日発生した豪雨水害の被災地に私たちも何かで
きないかという、作り手さんからお話を受けて実現しました。私たちも助けても
らったから、人ごとは思えないので何かお役に立てることないかしら??と水害
の後で行った被災地でみなさんとても心配そうに話してくれました。

大きなぞう_s.jpg

そこで、KOBEで毎年行っている竹灯籠に手作りのロウソクを灯し、追悼行事をす
るので、そのロウソクを手作りで作ってくれませんか?と。みなさん二つ返事
作って下さいました。また、作り手さんはバスタオルで作った大きなまけないぞ
うをぜひ届けて下さいということで、追悼の時に祭壇に飾ってもらいました。こ
のような経緯の中で執り行われた法要の報告を今回の岩手入りでさせてもらいま
した。写真や新聞記事を手渡すと大変喜んでくれました。

広島_s.jpg

高田広島_s.jpg

そして、また遠くから広島の現地に足を運んでくれた釜石のフェアトレード無農
薬のコーヒー屋さんハピスコーヒーさん。広島の災害の現状をみた地元東北の人
達が「あんたも行くんだんべ」「募金するから」などなどコーヒー一杯売れるご
とに被災地へもコーヒーを送るということで活動を開始した店主の岩鼻さんにも
お会いできました。お店には募金箱がいまだ設置してあって、たくさんの貴重な
ご寄付が寄せられていました。岩鼻さんも「また被災地にコーヒーを送ります」
と笑顔を話してくれました。広島の避難所では温かな一杯のコーヒーが被災者の
方の心をほぐしてくれました。

ハピスコーヒー_s.jpg

 こうして被災地から被災地への支え合いの輪が広がっていくんだなぁと実感で
きました。まけないぞうは商品ではなくメッセンジャーなんだと、20年近く言い
続け来たことをあらためて実感させてもらいました。

虹_s.jpg

それぞれの被災地のみなさんに心から感謝致します。ありがとうございました。
posted by 被災地NGO恊働センター at 10:20| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月19日

【東日本大震災】レポートNo.250

再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  11月13日
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 久しぶりの遠野は紅葉も終わりかけで、冬将軍が到来です。全国的に今週は寒さが厳しいようですが、ここ遠野は初雪です。厳しい遠野の冬がそこまできています。

初雪_s.jpg

久しぶりに復興住宅へお住まいの作り手さんのもとを訪ねました。「復興住宅へ入居してから約1年経ったけれど、なんかいまだに慣れない、やはり持ち家とは違うよね。いつかは返さないといけないし、いつまでたっても仮住まいのような気がする・・・。」終の棲家のはずがこのような気持ちになってるいのが現実です。借りているから、部屋には画鋲はダメ、シールもダメ、現状復帰で戻して下さい云々・・・それだけとっても持ち家なら、もっと自由に家の中を改装できるはず。ただたまたま被災に遭って家を流されたら、あれもこれもダメな家に住まうだけでこんな窮屈なことがあっていいのでしょうか。

そのお母さんは、津波で自宅を流され、新居を再建したのですが、なかなか新居になじめず、みなし仮設だったアパートに帰りたいとこぼしていて、「こんなことなら生きていくのが辛いと。。。」。被災地に関わっているものとして一番聞きたくない、言って欲しくない心の叫びがそこにありました。せっかく津波で助かったのに、生きているのが辛いなんて悲しすぎます。きっと、広島や丹波などの水害の被災地などどこにでもあるでしょうが・・・。

 たまたま自然災害に遭い、全てを失った被災者の方たちが、どうしてこれほどまでに普通の暮らしを奪われるような理不尽な目にあわないといけないのでしょうか?

日本では憲法25条の生存権により、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならな。」と謳われているにも関わらず、長期にわたり不自由な避難生活を余儀なくされ、最低限度の生活すら保障されず、人権を奪われるこの社会に憤りを感じます。
 私たちは被災者ひとり一人に、時間がかかってもそのつぶやきを丁寧に拾い集め、向き合っていくしか真の復興はないと思います。阪神・淡路大震災から20年の節目を目前にあらためてそう感じています。
posted by 被災地NGO恊働センター at 13:36| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月20日

【東日本大震災】レポートNo.249

7・8月集中豪雨災害の広島から戻り、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  9月自給自足
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 17日の河北新報で「都市生活かさむ出費」という見出しで、住み慣れた村から被災者の人が移り住んだ都市部で貧困が深刻化しているという内容が紹介されていました。記事によると、「住み慣れた漁村を離れて直面したのは、『貨幣経済』の冷たい現実だった。『年金収入だけではとても間に合わない。都会の生活は大変ですよ』仙台市内のみなし仮設住宅に暮らす伊藤ふつ子さん(70)が話す。石巻市雄勝町の自宅は東日本大震災の津波で流失。被災後間もなく、子どもを頼って移り住んだ。雄勝では夫婦でホタテの養殖に従事していた。自宅ではトマトやキュウリ、ナスなどを育てていた。近所からウニやホヤをもらえば、お返しにホタテを渡した。日常的に現金購入する食材は肉ぐらいだったが、『今は海産物を含めてスーパーが頼り』。支え合いと自給自足で成り立っていたコミュニティーを離れ、暮らしの再構築を余儀なくされている。」と伝えています。

漁師さん_s.jpg

 私もこの間岩手に滞在して感じることが多いのですが、ちょっと被災地を回ると食べきれないほどの海の幸を頂きます。山の人は山の幸を、海の人は海の幸を、物々交換で頂き、スーパーに行かなくても食生活のほとんどは成り立ちます。そして、ほとんどの人が小さくても畑をしているので、野菜などは困ることはありません。これって昔あった当たり前の自給自足の生活なんだなぁと思います。それでも困ることはなく、自分たちの作ったもの、自分たちが捕った食べ物こそ何より安心・安全で食べることができるのです。現金収入は、そんなになくてもお金を使うことがないので、生活が豊かに成り立つのです。

畑_s.jpg

 しかし、いまの政治はどうでしょう??
経済をよくするためにという詭弁を使い、じゃぶじゃぶお金を刷り、市民に借金を負わせ、それでも足りなくて税金を上げ、人々からお金をむしり取っていく。都会の人は住みづらくなっているでしょう。こういった構造で一体誰の経済が豊かになっているのでしょうか?貨幣経済を追い求めた結果、貧困は深刻化し、自然を破壊し、私たちの生活はよくなるどころか悪くなってはいませんか?安倍首相は「景気回復の実感を全国津々浦々にまで届ける。」としてアベノミスクとして様々な施策を行っていますが、被災地を歩いていて、景気回復の実感を持っている人は、私の知る限りほとんどいません。政府の方針に矛盾を感じてしょうがないのです。経済優先により、消費税の増税、電気代の値上げなどが人々の暮らしを圧迫しているのです。
 沿岸に大手スーパーが進出して、商店を閉めざるを得なくなった人、復興住宅の入札が資材の高騰などで不調に終わり、その結果入居が数年先になる人、アパートへの転居を余儀なくされ、畑も花もできなくなり生きがいを失いかけている人、復興住宅に入ったもののコミュニティが壊され、淋しくて淋しくて不安に襲われている人などなど、景気回復どころか明日の生活が見えない人が多くいるのです。お金より田畑を、きれいな海を、夢や希望を被災地に届けて下さい。

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【まけないぞう一言メッセージ】
 「被災しなければ」と辛く、悔しい時、つい精神的に落ち込みがちになりました。そんな時この「まけないぞうさん」を作り始めると自然に何も考えることなく、無心になれる時間を得ることができました。そして、どんな方達が買って下さるのだろう。どんな子どもさんが抱いてくれるのかな?と。大切にして下さることを願いつつ懸命に作ることができました。とてもいい時間を下さったことを感謝申し上げます。
(2014年9月17日 大船渡市黒土田仮設 85才 女性)
posted by 被災地NGO恊働センター at 10:14| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月18日

【東日本大震災】レポートNo.248

7・8月集中豪雨災害の広島から戻り、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  作り手さん、釜石へ訪問
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  先日、いつもお世話になっている釜石にある真言宗高野山派不動寺の森脇妙紀さんを訪ねました。いつもタオルを各地から集めて、販売にも多大なるご支援を頂いています。いつもお世話になっているということで、陸前高田市の作り手さんと一緒にご挨拶に伺いました。

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 作り手さんのお手製のお煮染めと豆ご飯で、普段のお昼は控えめな作り手さんも食が進みます。やっぱりみんなでわいわいがやがやしながら食べるご飯は格別です。そこへ、相模原から届いたタオルでできたお花が登場です。これは、お供えのお花をわざわざタオルにして、終わったらまけないぞうに作って下さいと、送って下さった貴重な花かごです。作り手さんもこれにはびっくり!どうやって作るのか興味津々。これは特許をとって作ってあるので、作り方は秘密です。「私が死んだらこれにして欲しい!!」と、切実??な訴えです(笑)。妙紀さんも、「その時は私がお供えさせて頂きます」と約束してくれました(笑)。お花が大好きな作り手さんは、仮設でもお花をいっぱい育てています。

ご馳走_s.jpg

花かご_s.jpg

 ここでも話は、今後の住宅のことです。以前のニュースでもお伝えしていますが、復興住宅に移る人、自力再建する人、動物などを飼える復興住宅に移る人など、ぞうさんの作り手さんでも、今後はバラバラになっていってしまう人たちがいます。お一人の方はこの10月くらいにも再建して引っ越しの予定です。冗談半分に「バイバ〜イ」という人、引っ越しを言いづらそうにしている人、「また、みんなバラバラだ」と、その言葉のうらに不安と寂しさが見え隠れします。

 大槌町の作り手さんは、「住宅もあと5年先だって〜、もうがっくりしちゃうよ。そしたら、10年もここにいるようだよ。」「もうは〜、わたしなんて80才になっちゃうよ。家ができた頃には、もうどうなっているか?せめてもう少し若いうちに再建したいよ」「仮設では死にたくないよ。みんなそれを願っているよ」と切実な心の叫びが聞こえてきます。
「土地は決まって9月から着工って言うけど、まだ何にも手をつけてね〜。目途がはっきりすれば、がんばれるけど延び延びじゃ、もうやんなっちゃうよ」「お盆前から体調を崩してね。お医者さんには、『ストレスだ!』と言われたよ」と。「それでもなにもしていなかったら、しんどいだけだし、少しでもぞうさんがあるんならやっている方がいくらかましよ」と、先の見えない不安を訴える人がほとんどです。やはり人は夢や希望、生きがいなどといった張り合いがなければ、心も体も弱くなっていくということを、実感します。

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大船渡の作り手さんも、「もうずっと悩んでいる。高台移転か復興住宅。それが一番しんどいよ。復興住宅じゃ畑もできないし。小さな庭でも畑やお花をしたいな。前の家は地震で傾いてしまった。三陸大津波の時に高台移転して、土盛りをしたところだけが今回の地震で沈んでしまったの・・・。あ〜悩む。考えすぎて体調があまり思わしくない。」

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【まけないぞう一言メッセージ】
大震災から3年半も過ぎ、ぼつぼつと空き室も出てきます。いつここから出られるのかと一人残るのではないかとか、何もしないと考え不安になります。ゾーさんを作っていると何も考えず、自分の作ったゾーさんでもみんな顔が違うので、一人で笑ったりして心が晴れます。
(2014年9月17日 大船渡市黒土田仮設 71才 女性)
posted by 被災地NGO恊働センター at 09:24| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする