2014年12月04日

【東日本大震災】レポートNo.251

再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  11月広島法要報告
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 先日10月7日、広島の土砂災害に見舞われた被災地で超宗派による49日法要が
執り行われました。そこで当センターもお声掛け頂きました。その会場に東北の
被災地から送られた「まけないぞう」を奉納させて頂き、作り手さんが作成した
ロウソクが灯されました。8月20日発生した豪雨水害の被災地に私たちも何かで
きないかという、作り手さんからお話を受けて実現しました。私たちも助けても
らったから、人ごとは思えないので何かお役に立てることないかしら??と水害
の後で行った被災地でみなさんとても心配そうに話してくれました。

大きなぞう_s.jpg

そこで、KOBEで毎年行っている竹灯籠に手作りのロウソクを灯し、追悼行事をす
るので、そのロウソクを手作りで作ってくれませんか?と。みなさん二つ返事
作って下さいました。また、作り手さんはバスタオルで作った大きなまけないぞ
うをぜひ届けて下さいということで、追悼の時に祭壇に飾ってもらいました。こ
のような経緯の中で執り行われた法要の報告を今回の岩手入りでさせてもらいま
した。写真や新聞記事を手渡すと大変喜んでくれました。

広島_s.jpg

高田広島_s.jpg

そして、また遠くから広島の現地に足を運んでくれた釜石のフェアトレード無農
薬のコーヒー屋さんハピスコーヒーさん。広島の災害の現状をみた地元東北の人
達が「あんたも行くんだんべ」「募金するから」などなどコーヒー一杯売れるご
とに被災地へもコーヒーを送るということで活動を開始した店主の岩鼻さんにも
お会いできました。お店には募金箱がいまだ設置してあって、たくさんの貴重な
ご寄付が寄せられていました。岩鼻さんも「また被災地にコーヒーを送ります」
と笑顔を話してくれました。広島の避難所では温かな一杯のコーヒーが被災者の
方の心をほぐしてくれました。

ハピスコーヒー_s.jpg

 こうして被災地から被災地への支え合いの輪が広がっていくんだなぁと実感で
きました。まけないぞうは商品ではなくメッセンジャーなんだと、20年近く言い
続け来たことをあらためて実感させてもらいました。

虹_s.jpg

それぞれの被災地のみなさんに心から感謝致します。ありがとうございました。
posted by 被災地NGO恊働センター at 10:20| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月19日

【東日本大震災】レポートNo.250

再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  11月13日
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 久しぶりの遠野は紅葉も終わりかけで、冬将軍が到来です。全国的に今週は寒さが厳しいようですが、ここ遠野は初雪です。厳しい遠野の冬がそこまできています。

初雪_s.jpg

久しぶりに復興住宅へお住まいの作り手さんのもとを訪ねました。「復興住宅へ入居してから約1年経ったけれど、なんかいまだに慣れない、やはり持ち家とは違うよね。いつかは返さないといけないし、いつまでたっても仮住まいのような気がする・・・。」終の棲家のはずがこのような気持ちになってるいのが現実です。借りているから、部屋には画鋲はダメ、シールもダメ、現状復帰で戻して下さい云々・・・それだけとっても持ち家なら、もっと自由に家の中を改装できるはず。ただたまたま被災に遭って家を流されたら、あれもこれもダメな家に住まうだけでこんな窮屈なことがあっていいのでしょうか。

そのお母さんは、津波で自宅を流され、新居を再建したのですが、なかなか新居になじめず、みなし仮設だったアパートに帰りたいとこぼしていて、「こんなことなら生きていくのが辛いと。。。」。被災地に関わっているものとして一番聞きたくない、言って欲しくない心の叫びがそこにありました。せっかく津波で助かったのに、生きているのが辛いなんて悲しすぎます。きっと、広島や丹波などの水害の被災地などどこにでもあるでしょうが・・・。

 たまたま自然災害に遭い、全てを失った被災者の方たちが、どうしてこれほどまでに普通の暮らしを奪われるような理不尽な目にあわないといけないのでしょうか?

日本では憲法25条の生存権により、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならな。」と謳われているにも関わらず、長期にわたり不自由な避難生活を余儀なくされ、最低限度の生活すら保障されず、人権を奪われるこの社会に憤りを感じます。
 私たちは被災者ひとり一人に、時間がかかってもそのつぶやきを丁寧に拾い集め、向き合っていくしか真の復興はないと思います。阪神・淡路大震災から20年の節目を目前にあらためてそう感じています。
posted by 被災地NGO恊働センター at 13:36| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月20日

【東日本大震災】レポートNo.249

7・8月集中豪雨災害の広島から戻り、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  9月自給自足
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 17日の河北新報で「都市生活かさむ出費」という見出しで、住み慣れた村から被災者の人が移り住んだ都市部で貧困が深刻化しているという内容が紹介されていました。記事によると、「住み慣れた漁村を離れて直面したのは、『貨幣経済』の冷たい現実だった。『年金収入だけではとても間に合わない。都会の生活は大変ですよ』仙台市内のみなし仮設住宅に暮らす伊藤ふつ子さん(70)が話す。石巻市雄勝町の自宅は東日本大震災の津波で流失。被災後間もなく、子どもを頼って移り住んだ。雄勝では夫婦でホタテの養殖に従事していた。自宅ではトマトやキュウリ、ナスなどを育てていた。近所からウニやホヤをもらえば、お返しにホタテを渡した。日常的に現金購入する食材は肉ぐらいだったが、『今は海産物を含めてスーパーが頼り』。支え合いと自給自足で成り立っていたコミュニティーを離れ、暮らしの再構築を余儀なくされている。」と伝えています。

漁師さん_s.jpg

 私もこの間岩手に滞在して感じることが多いのですが、ちょっと被災地を回ると食べきれないほどの海の幸を頂きます。山の人は山の幸を、海の人は海の幸を、物々交換で頂き、スーパーに行かなくても食生活のほとんどは成り立ちます。そして、ほとんどの人が小さくても畑をしているので、野菜などは困ることはありません。これって昔あった当たり前の自給自足の生活なんだなぁと思います。それでも困ることはなく、自分たちの作ったもの、自分たちが捕った食べ物こそ何より安心・安全で食べることができるのです。現金収入は、そんなになくてもお金を使うことがないので、生活が豊かに成り立つのです。

畑_s.jpg

 しかし、いまの政治はどうでしょう??
経済をよくするためにという詭弁を使い、じゃぶじゃぶお金を刷り、市民に借金を負わせ、それでも足りなくて税金を上げ、人々からお金をむしり取っていく。都会の人は住みづらくなっているでしょう。こういった構造で一体誰の経済が豊かになっているのでしょうか?貨幣経済を追い求めた結果、貧困は深刻化し、自然を破壊し、私たちの生活はよくなるどころか悪くなってはいませんか?安倍首相は「景気回復の実感を全国津々浦々にまで届ける。」としてアベノミスクとして様々な施策を行っていますが、被災地を歩いていて、景気回復の実感を持っている人は、私の知る限りほとんどいません。政府の方針に矛盾を感じてしょうがないのです。経済優先により、消費税の増税、電気代の値上げなどが人々の暮らしを圧迫しているのです。
 沿岸に大手スーパーが進出して、商店を閉めざるを得なくなった人、復興住宅の入札が資材の高騰などで不調に終わり、その結果入居が数年先になる人、アパートへの転居を余儀なくされ、畑も花もできなくなり生きがいを失いかけている人、復興住宅に入ったもののコミュニティが壊され、淋しくて淋しくて不安に襲われている人などなど、景気回復どころか明日の生活が見えない人が多くいるのです。お金より田畑を、きれいな海を、夢や希望を被災地に届けて下さい。

子ども_s.jpg

【まけないぞう一言メッセージ】
 「被災しなければ」と辛く、悔しい時、つい精神的に落ち込みがちになりました。そんな時この「まけないぞうさん」を作り始めると自然に何も考えることなく、無心になれる時間を得ることができました。そして、どんな方達が買って下さるのだろう。どんな子どもさんが抱いてくれるのかな?と。大切にして下さることを願いつつ懸命に作ることができました。とてもいい時間を下さったことを感謝申し上げます。
(2014年9月17日 大船渡市黒土田仮設 85才 女性)
posted by 被災地NGO恊働センター at 10:14| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月18日

【東日本大震災】レポートNo.248

7・8月集中豪雨災害の広島から戻り、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  作り手さん、釜石へ訪問
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  先日、いつもお世話になっている釜石にある真言宗高野山派不動寺の森脇妙紀さんを訪ねました。いつもタオルを各地から集めて、販売にも多大なるご支援を頂いています。いつもお世話になっているということで、陸前高田市の作り手さんと一緒にご挨拶に伺いました。

不動寺_s.jpg

 作り手さんのお手製のお煮染めと豆ご飯で、普段のお昼は控えめな作り手さんも食が進みます。やっぱりみんなでわいわいがやがやしながら食べるご飯は格別です。そこへ、相模原から届いたタオルでできたお花が登場です。これは、お供えのお花をわざわざタオルにして、終わったらまけないぞうに作って下さいと、送って下さった貴重な花かごです。作り手さんもこれにはびっくり!どうやって作るのか興味津々。これは特許をとって作ってあるので、作り方は秘密です。「私が死んだらこれにして欲しい!!」と、切実??な訴えです(笑)。妙紀さんも、「その時は私がお供えさせて頂きます」と約束してくれました(笑)。お花が大好きな作り手さんは、仮設でもお花をいっぱい育てています。

ご馳走_s.jpg

花かご_s.jpg

 ここでも話は、今後の住宅のことです。以前のニュースでもお伝えしていますが、復興住宅に移る人、自力再建する人、動物などを飼える復興住宅に移る人など、ぞうさんの作り手さんでも、今後はバラバラになっていってしまう人たちがいます。お一人の方はこの10月くらいにも再建して引っ越しの予定です。冗談半分に「バイバ〜イ」という人、引っ越しを言いづらそうにしている人、「また、みんなバラバラだ」と、その言葉のうらに不安と寂しさが見え隠れします。

 大槌町の作り手さんは、「住宅もあと5年先だって〜、もうがっくりしちゃうよ。そしたら、10年もここにいるようだよ。」「もうは〜、わたしなんて80才になっちゃうよ。家ができた頃には、もうどうなっているか?せめてもう少し若いうちに再建したいよ」「仮設では死にたくないよ。みんなそれを願っているよ」と切実な心の叫びが聞こえてきます。
「土地は決まって9月から着工って言うけど、まだ何にも手をつけてね〜。目途がはっきりすれば、がんばれるけど延び延びじゃ、もうやんなっちゃうよ」「お盆前から体調を崩してね。お医者さんには、『ストレスだ!』と言われたよ」と。「それでもなにもしていなかったら、しんどいだけだし、少しでもぞうさんがあるんならやっている方がいくらかましよ」と、先の見えない不安を訴える人がほとんどです。やはり人は夢や希望、生きがいなどといった張り合いがなければ、心も体も弱くなっていくということを、実感します。

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大船渡の作り手さんも、「もうずっと悩んでいる。高台移転か復興住宅。それが一番しんどいよ。復興住宅じゃ畑もできないし。小さな庭でも畑やお花をしたいな。前の家は地震で傾いてしまった。三陸大津波の時に高台移転して、土盛りをしたところだけが今回の地震で沈んでしまったの・・・。あ〜悩む。考えすぎて体調があまり思わしくない。」

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【まけないぞう一言メッセージ】
大震災から3年半も過ぎ、ぼつぼつと空き室も出てきます。いつここから出られるのかと一人残るのではないかとか、何もしないと考え不安になります。ゾーさんを作っていると何も考えず、自分の作ったゾーさんでもみんな顔が違うので、一人で笑ったりして心が晴れます。
(2014年9月17日 大船渡市黒土田仮設 71才 女性)
posted by 被災地NGO恊働センター at 09:24| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月14日

【東日本大震災】レポートNo.247

7・8月集中豪雨災害の広島から戻り、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。

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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  9月12日
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 今日は久しぶりの青空でした。気温もぐっと下がってきました。そして、遠野仮設へ回収へ。「もう遅いから、ぞうさんほこりかぶってたよ(笑)」と言いつつも厳重に紙をかぶせて、大事に保管してくれていました。

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「ねぇ見て見て、このぞうさん可愛いでしょう??まるでお口があるみたいでしょう」と、笑顔で語りかけてくれます。「このぞうさんも可愛いよ。」「あらっこっちのも可愛いよ」とやっぱり丹精込めて作った自分のぞうさんが一番かわいいのかしら・・・(笑)

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「ちょっと時間あるでしょう」と、遠野仮設には渡り廊下があり、コミュニティスペースにもなります。椅子を並べて、お茶とお茶うけがあっという間に出てきて、お茶っこタイムです。季節的にも屋外でも風通しがよくとっても気持ちよく、おしゃべりも弾みます。
「広島や丹波の被災地に行って来たんだよ」と話すと、「あっ丹波篠山ね。お豆がおいしいよね」と!びっくりして訪ねると、「昔大阪に数年住んでいて、子ども会で丹波篠山行ったから知ってるよ。向こうも今回の水害で大変だね」と、東北の地で急に地元兵庫の話題ができて嬉しかったです。

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 話題は住宅のこと。「(沿岸から)遠野にきて、もう慣れたから地元には帰りたくないの」。仮設の近所に自力再建した人は、「やっぱり仮設が恋しいの。知った人ばっかだもんね」と少し淋しそうに。「せっかくここに(仮設)来て、仲良く慣れたんだから」と話してくれます。被災地から仮設、みなし仮設、県外、そして、復興住宅、自力再建と被災者の人たちは何度も何度もコミュニティを壊され、作り直さなければならないのです。今後より一層コミュニティづくりのお手伝いが急務の課題となるでしょう。復興住宅、自力再建できたというのはただハコモノができただけで、暮らしはすぐには再建できないのです。それは私たち神戸や他の被災地で学んだことです。だからこそ、今からが正念場なのです。

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午後からは、大槌町吉里吉里に伺いました。ここでは、なんと大きなぞうさんがたくさんいるではないですか!!バスタオルでつくったぞうさんです。「この大きなぞうさんを広島や丹波の被災地に持って行ってもいいですか?」と聞くと、「あ〜よかった。役に立つのなら持っていってもらったらうれしい。行き先が決まってよかった」と言ってくれました。

大きなぞう_s.jpg

そして、また前回来たときに釜石の不動寺さんが神奈川県から頂いた、お供物のタオルのお花がぞうさんに出来上がっていました。「これは、お寺さんから頂いたお供物でできたぞうさんだからお守りにするの」と、とても大事そうにしていらっしゃいました。

お花_s.jpg

お供物_s.jpg

仮設の窓から見える空は小さいですが、

仮設の窓_s.jpg

心の中では大きく広がり、世界とつながっているぞうさん。

青いぞうさん_s.jpg

そして、多くの人に支えられている実感。

お手紙_s.jpg

家中には「まけないぞう」が飾ってあります。いつもあなたのそばにいます。

お部屋_s.jpg

【まけないぞう一言メッセージ】
まけないぞうを作るときは、他のことは何も考えず一心に作ることだけに専念しています。一頭出来上がるごとに少しずつ幸せに近づいているような気がします。作り手の私たちの手元から、みなさんのところへ届くときは「まけないぞう」、みなさんが手にされた後は「忘れないぞう」に名前を変えて下されば嬉しいのですが。
(2014年5月5日 遠野仮設 74才 女性)
posted by 被災地NGO恊働センター at 12:24| ★「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする